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未来テクノロジー

テクノロジーが拓く、豊かな未来。挑戦し続ける人と企業をクローズアップ

日本の宇宙産業は、今がラストチャンス&ベストタイミング
浜通りを関連産業の集積地に
――AstroX・小田翔武氏インタビュー

2024年03月12日

小田 翔武さん

AstroX株式会社 ファウンダー/代表取締役CEO

1992年生まれ。2015年関西大学環境都市工学部卒。アーティストとして活躍する一方、IT企業など複数の企業を創業し、経営。自社以外でも社外プロダクトマネージャーなどを務める。2022年、民間宇宙ベンチャーのAstroX株式会社を福島県南相馬市に設立。小さい頃から宇宙物理や大規模物理に興味があり、愛読誌は科学雑誌の『Newton』だったという。

人工衛星を載せた自社開発の小型ロケットを気球に吊り下げて成層圏まで運び、空中で発射して、衛星を軌道に乗せる―。小型ロケットの自社開発と、成層圏での空中発射というユニークな方式によるロケット打ち上げの実用化に取り組むAstroXは、小田翔武CEOが、それまで経営していた複数のIT系企業を売却して2022年に南相馬市で起業した、宇宙ベンチャーである。日本の宇宙産業は、世界で存在感を発揮する上で今がラストチャンスでありベストタイミングでもあると説く小田CEOに、ロケットと空中発射方式の開発状況と、宇宙産業に賭ける思いを聞いた。

―御社のミッションは「誰もが気軽に宇宙を使える未来を創る」です。意欲的でインパクトのある表現ですね。

小田:
現在、スマートフォンは人々に欠かせない機器となっていて、誰もが当たり前のように使いこなして情報をやりとりしていますよね。ただ、ガラケーが普及し始めた1990年代のIT黎明(れいめい)期に、今のような状況の到来を想像できた人は少ないはずです。人工衛星を活用したビジネスやサービスも、今はガラケーの普及当初と状況が似ています。既に情報通信などの分野で人工衛星を使ったサービスが実用化されていますが、今後、次々とイノベーションが起きて、より多くのビジネスが立ち上がり、より多くのサービスを気軽に利用できる時代が訪れます。

2022年には世界で約2400機の人工衛星が打ち上げられました。10年前の約11倍です。ただ、日本は宇宙開発で世界一のポテンシャルがありながら、産業としては世界で後れをとっています。当社は、人工衛星を軌道に乗せるために必要な小型ロケットを開発し、そのロケットをより低コストで発射できる方式を実用化して、日本の宇宙産業の発展に貢献したいと考えています。

「小学校の図書室で物理の本を読んで、完全に理解できないながらも相対性理論を面白いと感じるような子どもでした」(小田CEO)

―「ポテンシャルは世界一なのに、産業としては後れをとっている」とはどういうことでしょうか。

小田:
宇宙を開発するためには、宇宙に人工衛星などのモノを持っていく必要があります。その唯一の運搬手段が、ロケットへの搭載です。ロケットは、地球の自転の力を利用しての東方向に、もしくは軌道の関係で南方向に発射することがほとんどです。これらの方角に他の国などがあって発射が難しいヨーロッパなどと違い、日本は東や南には海が広がっており、打ち上げに地の利があります。加えて、日本はロケットを自国技術だけで製造できる数少ない国の一つです。自動車産業などで培われた高い技術力で、精度の高い部品を作ることのできる関連産業の裾野が広がっています。

ただ、地政学的にも技術的にも優位性があるのに、日本はロケットの発射数が圧倒的に不足しています。日本でも2020年代後半に1000機を超える人工衛星を打ち上げるといった推計がありますが、国内の小型衛星のほぼ100%を海外のロケットで運んでいます。今のままでは、宇宙開発のインフラの多くを他国に依存せざるを得ず、産業としてスケールする(規模を拡大する)ことが困難です。

起業時に金色だった髪は、現在は黒。借り物ではない自分の言葉で日本の宇宙産業への思いとビジネスプランを丁寧に語った

「宇宙産業なら、世界と戦える可能性がある」

―技術はあるのに、日本が世界での存在感を失っていくという苦い経験は、日本の多くの産業が経験しています。小田CEOはAstroXを創業するまで、IT関連の企業を経営していましたよね。

小田:
ええ。プレーヤーの1人として、日本のITが「プラットフォーマー」と呼ばれるGAFAM(ガーファム:Google、Apple、Facebook=現Meta、Amazon、Microsoft)にやられている状況に悔しい思いをしていました。開発にしろ、サービスのリリースにしろ、GAFAMの土台の上でしか活動ができない仕組みができあがっています。

でも、宇宙ならば、日本に高いポテンシャルがあります。2020年に40兆円だった宇宙産業の市場規模は、2040年には160兆円になると言われています。これから産業として一気に立ち上がっていくタイミングである今なら、自動車産業のように、日本がワンチャン(「もしかしたら」の若者言葉)世界と戦える可能性がある。それならば自分が挑戦しようと思い、経営していたIT関連企業を売却して、宇宙ベンチャーを立ち上げました。

―開発のチームはどのように組織していったのでしょうか。

小田:
チームには、日本のロケット開発の第一人者の方々に参画していただいており、現在、約10人メンバーがいます。いろんな人に会ってビジョンを伝え、紹介をお願いして、できあがったチームです。例えば、ハイブリッドロケット開発の第一人者で、当社のメンバーでもある和田豊・千葉工業大学宇宙輸送工学研究室教授も、知人の紹介で縁をいただきました。和田先生の研究室の学生さんたちも開発に協力してくれています。

宇宙には酸素がありませんので、ロケットには、燃料と、燃料を燃やすための酸化剤が入っています。その組み合わせが両方液体のものが液体燃料ロケット、固体のものが固体燃料ロケット、そして固体燃料に液体の酸化剤を載せているのが、ハイブリッドロケットです。和田先生と共に僕らが開発中のハイブリッドロケットは、爆発の危険性がありません。万が一打ち上げに失敗しても、リスクの範囲は、金属の塊が落ちるレベルに抑えられます。

空気抵抗が少ない成層圏でロケットを発射

―ロケットの打ち上げ方式にも特徴があるのですよね。

小田:
ロケットは重力や空気抵抗を振り切って宇宙に出ていきますので、地上で発射すると、空気がある層を抜け出すために多くのエネルギー、すなわち多くの燃料が必要です。しかし、高度30km程度の成層圏では空気抵抗が地上の90分の1〜100分の1程度となりますので、地上発射型ロケットの3分の2以下のエンジンシステムで同じ重量の衛星を宇宙空間に運ぶことができます。

当社の「Rockoon(ロックーン)」方式は、成層圏まで気球でロケットを運び、そこからロケットを空中発射する仕組みで、従来よりも低価格かつ少ない燃料でロケットを打ち上げることができます。ロケットを運ぶ気球は洋上からも飛ばせるので、専用の発射場が不要です。成層圏で行うロケット発射も、気象条件に左右されないため、打ち上げのタイミングを自由に設定できます。現在、世界の小型ロケットの打ち上げコストの平均は、もろもろの費用を含めると約15億円。それを約3分の1の5億円以下で打ち上げられるようにしたいです。

Rockoon方式による空中発射時のイメージ。Rockoonとは、RocketとBalloonを組み合わせた造語で、気球は薄膜プラスチック製だという

―Rockoon方式はAstroX独自のアイデアなのですか。

小田:
この方式自体は昔からある概念で、JAXA(宇宙航空研究開発機構)でも概念の実証などをしていました。ただ、気球で上げられる重さに制約があり、大型ロケットを運ぶことができません。それが、近年の技術の進歩で人工衛星が小型化したために、ロケット側も小型の需要が増加しました。そのため、Rockoon方式による打ち上げが現実的な選択肢の一つとなってきました。

―技術の進歩で制約をクリアする見通しが立った今だからこそ、実現の見通しが立ったわけですね。

小田:
そうです。これから多くの人工衛星が宇宙に上がり、宇宙開発の覇権争いが本格化します。日本の宇宙産業が存在感を発揮していくには、今がラストチャンスです。一方で、小型ロケットに乗せた人工衛星をローコストで打ち上げるための技術が揃いつつあります。ロケットとその発射システムの開発に取り組むには、今がベストタイミングだという言い方もできるでしょう。

まずは宇宙空間への到達、次の目標が高度500kmの衛星軌道

―AstroXとしての事業ロードマップをお教えください。

小田:
ロケットについては、2025年度までに、高度100kmの宇宙空間に到達するサブオービタルロケットの開発成功を目指しています。そして、宇宙空間に到達するだけでなく、人工衛星を高度500kmの軌道に乗せられるオービタルロケットの開発目標を2028年度に設定しています。

それらのロケットを発射するRockoon方式は、節目となる実験を2回実施して、いずれも成功しています。まず2022年12月、空中発射の基本的な技術についての実証実験をしました。気球からの空中発射は理論上では可能でしたが、この実験ではミニスケールながらも実際に気球から空中発射をして、実現可能であることが確認できました。

※サブオービタルロケット:打ち上げられ、宇宙に到達した後、地球を周回せずに再び地上に降りてくるロケット

2022年12月に実施した、空中発射の基本性能についての実証実験

また、空中発射の際は、狙い通りの仰角(水平面から上向きの角度)と方位角を発射まで維持して、ロケットを想定通りのパワーで発射する必要があります。そこで2023年12月、南相馬市のロボテス(福島ロボットテストフィールド)で、全長約6.5mあるフルスケールの小型ロケットを用いて、発射時に姿勢を制御する装置の実験をしました。2022年の実験は、福島イノベ機構の「Fukushima Tech Create」(略称:FTC)の資金支援をいただいています。2023年の姿勢制御装置の実験は、福島県の令和5年度「地域復興実用化開発等促進事業費補助金」に採択された、Rockoon方式開発事業の一環として実施しています。

2023年12月に福島ロボットテストフィールドで実施した姿勢制御装置の実験。「ロケットの容積の9割は燃料です。人工衛星は先端に格納します」(小田CEO)

―次にクリアすべき課題は何でしょうか。

小田:
成層圏は地上と環境が大きく異なります。気温はマイナス50℃以下で、気圧も地上の100分の1。発射装置に必要なモーターの性能やロケットの燃焼などの面で、成層圏でも必要な能力を発揮するための開発や検証が必要です。気球や小型ロケットが完全に収まる規模で成層圏の環境を再現できる場所がないため、ロボテスで成層圏での環境の一部を想定したテストを実施したり、シミュレーターでの試験を繰り返したりしてPDCAを回すことになります。

―現在、社内でいくつのプロジェクトを並行して進めているのですか。

小田:
大きくは、気球による成層圏までの運搬、ロケット、姿勢制御の3つです。それぞれに通信など、付随するテーマがあります。どのプロジェクトも大枠では順調で、2025年度の目標(サブオービタルロケットの開発と打ち上げの成功)までは成功イメージの解像度が高まっています。

南相馬市での起業を決めた最大の理由は「行政のスピード感」

―宇宙産業に力を入れていたり、スタートアップへの支援が手厚かったりする自治体は国内に多くあります。南相馬市で起業をした理由をお教えください。

小田:
一番の決め手は行政の方々の柔軟性とスピード感でした。起業の候補地を検討していたとき、当社に出資を検討してくれていたベンチャーキャピタルの代表が、「南相馬、すごくいいよ。みんな新しいことに前向きだから」と推薦してくれまして。実際に来てみたら、その通りでした。要望を伝えると次の四半期の会議のテーマになっていて、同じ年度のうちに手を打ってくれます。このスピード感って、スタートアップ企業にとってはメチャメチャ大事です。

浜通りで起業することで事業への資金援助が期待できる点も魅力でした。ロケットの開発はものすごくお金がかかります。日本は一般的にスタートアップ企業に対するファンドなどによる資金供給の規模が米国に比べるとケタが1つ少ないので、前述したFTCの資金支援や、福島県の地域復興実用化開発等促進事業費補助金といった事業支援はものすごく助かっています。

―御社は南相馬市と、2023年4月に連携協定を締結しています。「開発するロケット等の実証場所の確保」「ロケット開発における市内事業者との連携」「将来的な市内での事業拡大に伴う雇用創出」を柱とする連携だと伺っています。

小田:
はい。ロケット開発にとどまらず、その先の展開として、南相馬市に宇宙産業の集積地を作ろうという話をしています。宇宙関連の企業を誘致し、たくさんの人が集まる地域にしたいと思っています。

東日本大震災のとき、学生だった僕は、被害が広がっていくニュースの映像を見て、「お金も技術も影響力もない自分は無力だな」と感じ、何かをしたいのに何もできないって悲しいことなんだなと思い知らされました。その映像で見た浜通りで創業し、100人規模の雇用を目指しています。1社でできることには限りがありますが、行政の方々などと一緒に、日本が世界と戦っていける、数少ない産業の一つを南相馬市に作ることができるかもしれません。そう思うとワクワクします。

南相馬市を宇宙産業の集積地にする構想については、福島イノベ機構の人たちとも話をしています。イノベ構想があるからこそ、こういう議論を進めることができるのですし、イノベ機構が宇宙分野に力を入れ始めている点も心強いです。

「日本が宇宙開発でリーダーシップをとれる存在になれるよう、貢献したい」との思いが人一倍強いという

―ご自身の事業が地域に影響を与え、宇宙産業の集積地を作る動きが本格化しようとしているわけですよね。異業種から宇宙産業に参入してみて、気づきのようなものはありましたか。

小田:
宇宙関連は今のところ儲かっていないこともあって、自分だけ利益を取ってやろうという人がいない業界です。まずは連携し、産業としてのエコシステムを作ろうよ、パイの取り合いはそれから先の話だ、といった空気があります。これは参入して最初に感じたことです。

それと、宇宙産業は特殊な領域ではありません。いろいろな製造業の技術の集合体がロケットであり、宇宙産業です。多くの人に、自分も仕事として関わることのできる製造業の一つだということを知ってほしいですね。「自動車業界でエンジンの燃焼をやっていました」などという人が活躍できる場がたくさんありますし、文系職も必要です。

―今のお話で、宇宙産業にコミットしようという人が出てくるかもしれません。

小田:
事業としての難易度は高いですよ。でも、これまでも誰かがなし遂げてきたのですし、これからも誰かが成功させるんです。何とかなるはずです。事実、僕らが行った2022年の空中発射は、ミニスケールながらも世界初の成功だったわけですから。

お金もかかります。僕の重要な仕事は資金調達です。確度の高かった融資が最後に流れたりして、「はぁ~」と落胆することはあります。でも、10分後にはもう次のミーティングが始まります。落ち込んでいる時間なんてないんです。

AstroXの起業前、周囲に宇宙産業への参入構想を明かすと、100人中ほぼ100人が、「そんなの無理だ」と言ったという

AstroX株式会社

2022年5月、福島県南相馬市小高区に宇宙輸送事業を営む企業として設立。ミッションは、「誰もが気軽に使える宇宙を創る」。2022年12月、ベンチャーキャピタルの株式会社ANOBAKAとスパークル株式会社を引受先として、新株予約権の発行による合計5000万円の資金調達を実施した。2023年4月、南相馬市と連携協定を締結。資本金5100万円(資本準備金含む)。