シェアする

  • LINE
  • Twitter
  • Facebook

未来テクノロジー

テクノロジーが拓く、豊かな未来。挑戦し続ける人と企業をクローズアップ

廃炉作業で世界が期待。南相馬の水中ロボット「ラドほたる」。
「モノづくりで、防災・減災に貢献したい」

2020年03月31日

渡邉 光貴さん

株式会社タカワ精密 取締役

1981年生まれ。福島県南相馬市出身。明星大学電気電子工学部卒業後、都内のITソフトウエア会社でエンジニアとして勤務。2010年に帰郷し、タカワ精密に入社。産業機器の設計・製作など現場のマネジメントを務める。震災後、2017年から、水中ロボット「ラドほたる」の開発を手掛ける。

タカワ精密。南相馬で産業機械の受託開発を40年以上行っている老舗企業が、水中ロボットシステム開発という前人未到の事業にチャレンジしている。震災復興、経済の活性化を念頭に新たな価値を創造しようと意気込むのは、2代目として経営のかじを取る渡邉光貴さん。大学卒業後6年間東京都内でITソフトウエアのエンジニアとして従事し、30歳を控えた2010年に帰郷。東日本大震災を経て渡邉さんが志す道程を追った。

水中ロボット「ラドほたる」。
高放射線量下での作業を期待

東京電力福島第一原子力発電所(以下、福島第一原発)。廃炉作業の大きな課題の1つが、高放射線量下にある原子炉格納容器(PCV)内部の現状把握だ。「原子炉建屋内は水棺されており、陸上ロボットでは侵入不可能なため、耐放射線性の高い水中ロボットによる調査・作業が必要です」。そう語るのは、タカワ精密取締役の渡邉光貴さん。

渡邉さんは今、2017年度の地域復興実用化開発等促進事業費補助金に採択された事業で、同じく福島県に拠点を構える東日本計算センターなど、複数の企業・研究団体と共同で水中ロボット「ラドほたる」を開発している。タカワ精密は、主に機械の設計・製造を担当しているという。

東日本計算センターの取材記事はこちら
https://www.fipo.or.jp/htc/vision/vol03.html

「水中ロボットには、強靭でユニークなスペックが求められます。最低限、備えていなければならない機能としては、強い放射線量下でも耐え得る『耐放射線性』、小回りが利いて障害物を避けて動き回れる『超小型なサイズ』、そしてロボットの姿勢を自律的に保ったままの移動を可能にする『半自律制御』などでしょう。ラドほたるは今、昨年度の初号機をアップデートした2号機をテスト中です」

渡邉 光貴さん(株式会社タカワ精密 取締役)。右写真は、「ラドほたる」2号機

強みは、産業機械の受託開発
マニュアルを超えた柔軟性

順調に進むプロジェクト。しかしその始まりは、実は「原発」を想定してはおらず、「湖泥」の調査が目的だったというから驚きだ。「福島大学の先生から、河川や湖の底にある泥を調査するためのロボットが欲しいとの要望を頂いたのが、水中ロボットに着手したきっかけです。その後、調査・設計・開発を進めていくうちに、派生的に原子炉格納容器内の探査を行うロボット開発にも着手しました」(渡邉さん)

南相馬のモノづくりを支え、製造業をリードする高い技術力が見込まれ、アカデミアから声がかかったのだろう。1979年に創業して以来、FA設備(スマートフォンなどの部品を自動製造する産業機械)の受託生産を得意とし、設計から部品加工、組み立てから設置まで一貫生産できるのが強みだ。信条は、「マニュアルを超えた柔軟性」「それでいて、絶対的に高い品質」だ。

水中ロボット「ラドほたる」にも、その信条は存分に発揮されている。例えば、「どうやって高放射線量を回避するか」という課題に対するアプローチを見てみよう。

ラドほたるは、高放射線量下で水中探査が行えるロボットだ。繰り返すが、福島第一原発の廃炉作業を進めるのに重要な作業となる原子炉格納容器の水中探査を想定している。しかし、そもそも高放射線量は、電子機器の部品と相性が悪いことが一般に知られる。つまり、部品の「半導体」は、放射線を浴びるとその中にある電子回路が分子レベルで破壊され、使い物にならないのだ。そのためロボット内には、普段、我々が使っているスマートフォンなどの高性能電子機器を組み込むことができない(仮に放射線量が高くなければ、防水処理を施した高性能デジタルカメラが使える)。

高放射線量の環境下で動作。
「引き算の科学」で機能を外に

では、「格納容器内で高性能な電子機器が使えない」という難題をどう解決したか。その答えは至極シンプルで、格納容器に投入するロボット本体を必要最小限にすることでクリアした。水中で使うということは、電流が流れる部分は絶対に密閉しなければならないが、密閉部の設計は従来培ってきたノウハウのたまもので、タカワ精密の得意とする領域。

「ラドほたるの本体を見ていただくと分かりますが、本体には放射線に強いカメラとモーター、内部を照らす照明しかありません。ロボット制御を行う機能は、格納容器外で動作するようにしました。そのため本体と操作部とは太いケーブルで繋ぐ必要がありました」

「ラドほたる」(初号機)の本体。横長でプラスチック樹脂に覆われた構造。左写真の左端に見える黒い端子を、制御を行う機器類と接続して使用する。右写真は、本体と制御機能を接続するケーブル類の数々。「ケーブル類がかなり多いので水中で邪魔にならないように、浮力を発生させないよう被膜に使う素材にも工夫を凝らしています」(渡邉さん)

高放射線量に耐え得るために、動作に必要な機能を本体からすべて取り去ったのだ。「引き算の科学」とはこういうことをいうのだろう。「水の封じ込めに加えて、半導体を使ったセンサーなどが一切組み込めないので最新鋭の機器とは異なるアプローチで設計しました」(渡邉さん)

もう1つ、気になることがある。本体の形状だ。ラドほたるは、原子炉格納容器内に投入するために細長い形状をしており、これでは水中で水平な姿勢を保つのが難しいのではないか。姿勢制御はどのように行っているのだろう。

「けっこう原始的で、本体の上部にLEDライトが点灯する箇所を3カ所設けています。そのライトの点灯状態を上から見下ろすカメラで撮影しながら姿勢を制御。本体が傾いているとLEDライトの光の見え方が変わるといった具合ですね。その見え方を数値化してシステムで処理し、傾きを補正できるようになっています」

ちなみにライトを3カ所に取り付けたのは、「予備も兼ねているためです。最低2カ所の光が見えればシステム側で判断できますから」と、渡邉さん。なるほど、本体内でセンサーが検知するのではなく、放射線量の影響が少ない場所から遠隔で傾きを判断して制御しているというわけだ。

とはいえ、遠くにある光から傾きを判断するには高度な数値計算が必要だ。その計算結果から導き出されるモーターの動作もまた、水中の浮力の影響などを考えなければならないので、物理学との闘いになる。そのため、設計・製造にはこれらを加味した、高い精度が求められている。

2号機を手に、東日本計算センターの羽賀公亮さん(写真右)とディスカッション。東日本計算センターは、ラドほたるの制御に必要なソフトウエアを開発している

マニュアルを絶対厳守ではなく柔軟な対応も

渡邉さんは大学卒業後、ITソフトウエアのエンジニアとして東京都内で活躍していた。30歳を前にして、エンジニアとしての業務全般にある種の達成感とともに、次はハードウエア(機械)の設計・開発に携わってみたいという目標がもたげてきた。起業することも、おぼろげながら視界に捉えていたという。

しかし、故郷であり父が経営していたタカワ精密の経営に携わるほうが、ハードウエアに挑戦しやすい環境であることに気づき、現在に至っている。最後に、現場で大事にしていること、自己評価を聞いてみた。

「もちろん、仕様を順守することが一番ですが、設計図面よりも今出来上がっている製品や部品を優先するようにと、現場には指示を出しています。というのも、設計図面通りに加工を行うことでかえって品質が悪くなってしまうケースが多々あるのが実情なんです。そんなときには、仕様・マニュアルどおりに行うのではなく、加工の仕方を少しだけ変えてみる。そうした柔軟さが、結果として高い品質に繋がっていると思っています」(渡邉さん)

柔軟な行動。目の前の状況から着想し、改善提案を実装できるオープンな組織であることがうかがえる。「結局のところ、モノづくりが好きなんですね。もっと良くしたい、もっと良いモノを作りたい。向上心にあふれた社員に恵まれているのでしょう」

南相馬は津波被害の大きい地域となってしまった。「だからこそ、防災・減災に少しでも役立つモノを作って世の中に貢献したい。それが新たな産業の発展に繋がれば、震災復興にも貢献できると信じています」

目指すゴールは自ら照らしてきた。後は、ひたすら進むのみだ。

「モノづくりは、変化に対応できるスピードが大事です」

株式会社 タカワ精密

FA設備(自動機、専用機)・精密治工具・プレス金型・モールド金型・設計製作を手掛ける南相馬の老舗企業。2017年度より、水中ロボット「ラドほたる」の開発に着手。福島第一原子力発電所内のペネトレーション(原子炉格納容器貫通孔)から原子炉格納容器(PCV)内に侵入し、原子炉格納容器内部調査やデブリサンプリングを補助可能な、超小型半自律の耐放射線性の水中ロボットシステムを開発中。

補助金制度のご紹介
(2020年3月現在)