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サステナビリティ

人も社会も環境も――。ソーシャルグッドな成長を目指す「挑戦者たち」の思考と実践

イノベ構想から日本の防災にイノベーションを起こす!
――福島イノベーション・コースト構想シンポジウム2022・開催レポート

2023年02月08日

今村 文彦さん

東北大学災害科学国際研究所 所長

安藤 正太郎さん

南相馬市経済部 商工労政課ロボット産業推進室 室長

松浦 孝英さん

株式会社テラ・ラボ 代表取締役

遠藤 秀文さん

株式会社ふたば 代表取締役社長 技術士(建設部門)

田所 さん

東北大学大学院 情報科学研究科 教授

2022年12月10日、福島県富岡町の富岡町文化交流センターで、福島イノベーション・コースト構想シンポジウムが開催された。テーマは「防災・減災への新たなチャレンジ~課題先進地福島から起こる新たなイノベーション!~」。東日本大震災および原子力災害から間もなく12年を迎える福島の社会課題解決に向けた取り組みについて、産学官、それぞれのプレイヤーが登場した。

課題先進地・福島から、日本の防災・減災を考える

冒頭、開会あいさつに、福島イノベーション・コースト構想推進機構(福島イノベ機構)理事長の斎藤保、福島県知事の内堀雅雄氏、秋葉賢也前復興大臣の代理で福島復興局長・荒井崇氏、太田房江経済産業副大臣兼原子力災害現地対策本部長の代理で福島原子力事故処理調整総括官・須藤治氏、富岡町長の山本育男氏の5名が登壇。続いて、福島イノベ機構事務局長の蘆田和也が、福島イノベーション・コースト構想のこれまでの活動を概括した。

基調講演では、東北大学災害科学国際研究所所長の今村文彦氏が「我が国での防災・減災の技術・システムは国際社会を救えるか?」というテーマで、国際的な防災の枠組みである「仙台防災枠組」と、東日本大震災を経験して日本に立ち上がりつつある防災新産業への取り組みの現状と課題について語った。

その後、具体的な取り組み・活動の紹介として、南相馬市経済部商工労政課ロボット産業推進室室長の安藤正太郎氏、福島県立磐城高等学校の生徒2名、株式会社テラ・ラボ代表取締役の松浦孝英氏、株式会社ふたば代表取締役社長の遠藤秀文氏が、福島でのこれまでの活動や研究内容を報告した。

シンポジウムの後半では、「イノベ構想から日本の防災にイノベーションを起こす!」と題したトークセッションが催された。スピーカーとして登壇したのは、シンポジウムの前半にも登壇した南相馬市役所の安藤氏、テラ・ラボの松浦氏、ふたばの遠藤氏と、東北大学大学院情報科学研究科教授で、福島イノベ機構の理事を務める田所諭氏の、4名。モデレーターは、基調講演を行った東北大の今村氏が務めた。

以下では、このトークセッションの様子を振り返る。

「課題解決のエンジン」となるのが、福島の使命

トークセッションではまず、「災害対応ロボットの現状と将来について」をテーマに、災害対応ロボット研究の第一人者、田所氏が講演。田所氏は、神戸大学に勤務していた1995年当時、阪神・淡路大震災で被災した経験を持つ。指導学生の一人が、瓦礫に数時間も埋もれて瀕死の状況に陥ったのを目の当たりにし、「災害対応ロボット」の技術開発に着手。2002年度から5年計画で「大都市大震災軽減化特別プロジェクト」(文部科学省)を計画し、責任者として実施。そこでの研究をもとに開発した災害対応ロボット「Quince(クインス)」やヘビ型ロボットは、深刻な事故を引き起こした福島第一原子力発電所の原子炉建屋内などの調査に活用された。

田所氏は、ロボットを「機械や電気、センサー、情報処理システムを統合して人がすることの自動化や遠隔化、知能化、省力化を図り、さまざまな社会問題に対してソリューションを与える存在」と定義。災害対応ロボットでは「技術がタフであることが重要」と強調した。「タフ」とは、踏んでも壊れないといった物理的な強さではなく、条件が多少悪くても必要な機能を果たせるということだ。

また、2014年から「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」(内閣府)のプログラム・マネージャー(PM)を務めた際には、飛行ロボット、建設ロボット、索状ロボット、脚型ロボット、サイバー救助犬の、5種類のタフなロボットを開発。大学の役割を「基礎・基盤研究の場であり、ほかにはない技術、あるいは技術の種(シーズ)をつくること」として、「研究開発した技術を企業に移転することで事業化し、実用的なサービス・商品としてエンドユーザーに送り届けられる」との見解を示し、産業界との連携に期待を寄せた。

福島の「復興」についても、力強い決意を表明した。「福島は、世界や日本の課題解決のエンジンとなる必要がある」とした上で、「“元に戻る”という消極的な復興ではなく、マイナスの状況を“プラスに転換”して、福島から他の地域・国の人たちに多くの価値を提供し、世界に貢献することこそが復興の姿」と力説。加えて、福島イノベーション・コースト構想の重点課題の一つであるロボットに関しては、「災害時や人手不足の現場といったタフな現場で働ける、“福島らしいロボット”の開発が必要」とし、今後もそれらの研究を通して復興に貢献したいとの抱負を語り、講演を閉じた。

風化への強い危機感。産と学をつなぐ行政への期待

トークセッション後半は、モデレーターの今村氏が提示した3つのテーマに沿って各氏が見解を述べた。

1つ目のテーマは「これまでの取り組みを振り返って」。

テラ・ラボの松浦氏は、震災の経験・情報が風化することに強い危機感があると訴えた。「震災から10年以上が経ち、意識が希薄化しているように感じます。風化なんてしている場合ではなく、むしろ今こそ、きちんとした振り返りが必要です。例えば、現在の最新技術を過去の経験にインストールし直し、何が実現可能になるかを検証することが重要」と指摘した。

ふたばの遠藤氏は、震災後に浪江町や双葉町、大熊町、富岡町などから、帰還困難区域内の重要施設の風化を防ぐために、「現状を3Dデータとして保存してほしい」との要望があったことを例に、「地域社会のニーズを深掘りし、それを実現するのに必要な技術は何かを考えた結果、現在、展開するドローンや3Dレーザースキャナを使った多様な事業・サービスにつながった」と振り返った。

一方、田所氏は、自身が開発する技術とユーザーのニーズとの間にある2つのギャップについて言及。一つは、「境界条件をすべて満たさないと実用技術にならないこと」。もう一つは、「新しい技術ゆえに事業化に時間がかかること」。これらのギャップをいかに埋めるか、これまでの苦労を打ち明けた。

続いて、南相馬市役所の安藤氏からは、「産と学をつなぐのが行政の役割」との指摘があった。「今後も開発支援と、行政職としてはもちろん、一市民としての震災経験を防災・減災技術の実証にフィードバックしていきたい」との意気込みを語り、それが南相馬市も含めて、浜通りの魅力にもつながるとの希望を語った。

またモデレーターの今村氏からの、「南相馬市は専門の実証研究用フィールド以外にもホテルや飲食店などの生活場面を実証実験の場として提供しているのか」との問い掛けに安藤氏は、「技術の開発側と導入側との間にあるミスマッチを減らすには、リアルな使用環境の提供が有効と考えたアイデア」と説明。その回答に今村氏は、「地域資源としての“場”は非常に重要。もちろん人材も。協力する市民や、あるいは安藤さんのような柔軟に発想する行政の方がいることは非常に心強い」と応答した。

すべては、パッションから。土地に根ざして、やり切る、やり続ける

2つ目のテーマは「現在取り組んでいること」。

松浦氏は、福島の地からイノベーションを実践する企業という立場から、「実用化・事業化」という言葉を重く受け止めていると語り、「実証実験が、本当の意味で事業化の一歩手前にあることを認識する必要がある。ハイレベルな実証ができたかを検証し、実社会にインストールするところまでやり切ることが重要だ」と指摘した。

遠藤氏は、2017年8月から本社を富岡町に戻して、復興の最前線で事業を営むからこそ見えてきた風景に言及。「高齢化や過疎化など、浜通りは、未来の日本社会が経験するさまざまな課題に先行して向き合っています。これに対して最新のテクノロジー、例えば、ドローンや多様なセンシング技術を組み合わせてそうした課題を可視化し、定量的に把握することで適切な解決方法を探っていきたい」との考えを示した。

さらに、そうした実践には“根気強さ”が大切で、「この地域の課題解決には、何十年もの、もしかしたら百年単位もの長期的な関与が必要でしょう。その意味で、この地をパッションが集まる場にしていきたい」と力強く語った。

遠藤氏の言葉を受けて、安藤氏は、行政の別の役割を、「パッションが生まれやすい環境をつくること」と表現。「新しい事業者どうしをつなぎ、次々と浜通りに新規事業者を呼び込むことで、この地に新しいものを生み出す力・可能性があることを発信していきたい」との意気込みを語った。

一方、田所氏は、テラ・ラボの進める共通状況図(COP、Common Operational Pictureの略)と、ふたばが展開する課題の3D化には、「デジタルツイン」あるいは「サイバーフィジカルシステム」という共通点があると考察。「リアルの世界の課題から取得したデータを仮想空間内で3Dモデルや数値データに変換してソリューションを開発し、それをリアルの世界に反映する。この手法で技術を開発・洗練させることで、5年先、10年先、20年先に大きなソリューションが生まれる」との期待を述べた。

さらに、モデレーターを務める今村氏の「津波研究」にも同様の共通点があるとし、「地震動のデータから津波発生をシミュレーションするシステムを、アーリーウォーニング(Early Warning、早期警戒)に活用することで、津波の避難警報につなげられる」との可能性を指摘した。

現在、研究を進めるドローンに関しては、「例えば津波発生時にドローンを飛ばし、津波が押し寄せる様子を撮影し、その情報を活用することで、より高精度の津波シミュレーションが可能」とし、リアルな世界とサイバーの世界とを融合させることで大きな価値を生み出せるとの見解を示した。

防災・減災を「文化」に。福島からの発信に、強烈な意味がある

最後のテーマは、「未来について」。

まず田所氏は、阪神・淡路大震災と東日本大震災の2つの震災を現地で体験した点を踏まえて、神戸市と福島県の浜通りとを比較。「神戸市は、震災を機会に防災に関する国際機関と交流したり、他の被災地に出掛けてサポートしたりしながら、災害時のマネジメントのノウハウを底上げしてきた歴史がある。浜通りには、それとは別のかたちでの貢献のあり方があるはず」との見解を述べ、テラ・ラボやふたばなど産業界の活動に期待を寄せた。

また、大学でロボティクスを研究する立場から、2023年4月に設立予定の福島国際研究教育機構(F-REI)とコラボレーションしながら、自らも福島復興に貢献していきたいとの意気込みを語った。

松浦氏は、事業者と行政が手を携えた協働への期待を語った。「実用化して終了ではもったいない。せっかく実用化した先進的なモデルを、自治体と事業者がその後もプロモーションをかけていくなど、継続的に協働して、関係していく姿が望ましい」。加えて、産学官連携の発展形としてPFI(Private Finance Initiativeの略)への期待を表明。「民間の資金や経営スキル、技術力を活用することで、新たな経済活動や優れた行政サービスを提供できる可能性が高まります。次のパイロットモデルのエンジンとしても、PFIの考え方は必要でしょうし、地域社会のパラダイムシフトにもつながりうると考えています」

遠藤氏は、地震・津波と原発事故による複合災害という「世界で唯一」の経験を「地域の価値」に変えることが重要と指摘。その上で福島復興のためには、「防災・減災を念頭に置いた社会をつくりながら、同時に未来志向の産業を集積させたい。複合災害があったからこそ、さまざまな実証実験や技術開発を進める力学が働いている。この地で実用的な技術を生み出すことができれば、国内外への大きな貢献となる」との見解を示した。

安藤氏は、「震災ではマイナス面ばかり目につくが、この場所だからこそ、というプラスに作用する面もたくさんある。例えば、震災前にこの地域への新規産業の参入は多くはなかった。福島イノベーション・コースト構想は未来を見据える構想。新しい産業、新しい人材を受け入れ、町や地域全体でチャレンジする。そういうまちづくりをしたい」と述べた。

4名の登壇者の発言を聞き終えた今村氏は、それを補足するかたちで2つの点から、今後の防災・減災の展望を述べた。

一つは、「安全・安心」の観点から。「防災・減災では、安全と安心の両方を目指すが、両者は実はまったくの別物。安全は、技術的なもので目に見えるもの。一方、安心は個々人の主観に依拠するもの。安全が高まることにより、安心しすぎて気が抜けることもある。両方のバランスがとても大切」

もう一つは、防災・減災の産業化。「防災・減災を新しい産業にして、その事業・サービスを社会が利用し、そこで得られた利益を次の技術開発の原資とする流れをつくりたい」と展望を語った。

最後に今村氏は、「防災・減災を新産業として拓いたら、さらにその先の将来に向けて、防災を“文化”にしていくことが大切。文化になるとは、生活の一部になるということ。いかに個々人の生活に入り込み、共に感じて互いに動けるような連帯性を伴った防災・減災文化をつくれるか。シンポジウムに参加したみなさんと共に考え、この福島から、国内外に発信し、実践していきたい」と、決意を語った。