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リーダーシップ

福島発のイノベーションを先導し、次なる時代を創るリーダーたちの想いに迫ります

「南相馬でなければ、開発はだいぶ遅れていた」――“コスパ最強ロケット”を支える、浜通り・航空宇宙産業の底力
――インターステラテクノロジズ・稲川貴大氏

2023年03月27日

稲川 貴大さん

インターステラテクノロジズ株式会社 代表取締役社長

1987年生まれ。東京工業大学大学院機械物理工学専攻修了。学生時代には人力飛行機やハイブリッドロケットの設計・製造を行う。修士課程修了後、インターステラテクノロジズへ入社、2014年より現職。経営と同時に技術者としてロケット開発のシステム設計、軌道計算、制御系設計なども行う。「誰もが宇宙に手が届く未来」を実現するために小型ロケットの開発を実行。日本においては民間企業開発として初めての宇宙へ到達する観測ロケットMOMOの打ち上げを行った。また同時に、超小型衛星用ロケットZEROの開発を行っている

日本で初めて、民間企業単独で開発するロケットで宇宙に到達したインターステラテクノロジズ株式会社。2021年に福島支社を開設したのを機に、福島県・浜通り地域での「機構部品製作」を加速させている。なぜ浜通りで事業を深耕させるのか。同社代表取締役社長の稲川貴大氏に、浜通りが宇宙産業に果たす役割と、宇宙産業の未来を訊ねた。

技術と速度と価格、そして熱意と環境。「南相馬には、全てが揃っていました」

―御社は、2021年に福島支社を開設し、さらに2022年には南相馬市とロケット・人工衛星の開発に関する「地域連携協定」を締結しました。大樹町(北海道)に本社を構える御社が、どうして「福島・浜通り地域」で事業展開を深めているのでしょうか。

稲川:
決め手となったのは、「福島ロボットテストフィールド」の存在です。これほど使い勝手に優れた技術検証の場は、ほかにはないと思います。少なくとも、我々にとっては“初めて”の施設。それほど大きなインパクトですし、福島ロボットテストフィールドでスムーズに高度な検証を実施できるようになったおかげで、開発スピードも上がりました。

「福島×航空宇宙」を“初体験”する方にとっては意外かもしれませんが、実は浜通り地域は、航空宇宙産業にとってうってつけの環境が整っています。

福島支社を構える以前は、振動試験や機構部品の試験など技術検証の際には、大型ロケット用の設備や大型衛星用の施設などを借りていました。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の施設などですね。ときには中国地方まで足を運ぶこともあったのですが、大型施設を利用する場合、私たちにとっては安くない費用がかかるうえに、小型ロケット(全長25m程度)を開発する規模の施設としてはオーバースペック気味。加えてレンタルできる日程も限られていて、「試験日程が決まらないため開発にブレーキがかかる」という中途半端な状況に陥ることも一度や二度ではありませんでした。

けれども福島ロボットテストフィールドは違いました。比較的自由度が高い条件で施設を利用できて、コストも割安、かつさまざまな振動試験の実績もある。渡りに船とは、こういうことでしょう。付近に立地する「南相馬市産業創造センター」内に開発拠点となる福島支社を立ち上げたことで、順調に進めることができています。

福島イノベーション・コースト構想に基づき整備された「福島ロボットテストフィールド」。陸・海・空のフィールドロボットの一大開発実証拠点で、インフラや災害現場など実際の使用環境を再現した、世界に類を見ない施設。インターステラテクノロジズは、「研究棟」(図・開発基盤エリアの①)で振動試験を実施。本館としての機能を持ち、各試験の準備、加工・計測に加えて、ロボットの性能評価のための風、雨、防水、防塵、霧、水圧、温湿度、振動、電波に対する試験を行うことができる

―福島ロボットテストフィールドがあればこその進展だったのですね。では浜通りでは、どのような部品を製作しているのでしょうか。

稲川:
南相馬市では「フェアリング」や「ジンバル」など機構部品と総称される部品を製作しています。といっても、耳慣れない名前の部品だと思いますから、もう少し丁寧に説明します。まずはロケットを構成する部品ですが、これは大きく3つに分けられます。エンジンとタンク、その他の機構部品です。このうちエンジンとタンクは、その開発特性から北海道内で開発・製作するのが適しています。エンジンならば試験中の騒音や燃料供給の観点から、容量の大きなタンクならば物流コスト低減の観点から、道内で製作するほうが合理的です。

一方で3つ目の機構部品の製作は、場所の制約を受けません。ただし当然ながら、精緻な技術実証を経る必要があり、高度な工業試験場を利用しやすい環境が絶対的な条件になります。この点で、福島ロボットテストフィールドが立地する浜通りが、航空や宇宙産業にとって大きなアドバンテージを有していることをご理解いただけると思います。

そして何よりロケット開発で重要になってくるのが、サプライヤーとの緊密な関係性です。あらゆる部品を北海道内で調達できるに越したことはありませんが、農林畜産業が主たる産業である地域に、全てを求めるのは現実的ではありません。どの地域から、どのように部品を調達してくるのか。サプライチェーンの開発・管理は、創業以来の大きな課題でした。

そうした折に、優れた技術開発力を有する「浜通り」に触れる機会に恵まれたのです。よくよく調べてみると、近くには「株式会社IHI」の航空・宇宙関連工場があり、ジェットエンジンの製造にかかわる企業が多数あるなど、盤石な産業基盤が築かれている。地域に製造業が根ざしていて、かつ行政のサポートも手厚い。実際、南相馬市や南相馬市産業創造センターには、多くの製造企業を紹介してもらったり、補助金を活用させてもらったりしています。しかもこの機運は一過性のものではなく、今後も続く姿勢が強く見られるわけです。サプライチェーンの構築を目指していた我々にとって、とても心強い後押しになりました。

―2023年には、15社の福島企業との提携を目標に掲げられています。

稲川:
はい、「15社」というのはあくまで数値目標であるものの、我々の意気込みを物語るものとして表明しています。浜通りに進出してさらに頼もしく思ったのは、優れた技術力に加えて、各企業とマインドセット、志を同じくできていることです。お互いをパートナーとして受け入れあい、スクラムを組んで、新しい部品開発に向かってポジティブに前進しています。

ご存じかもしれませんが、ロケットの開発は、とても難しいものです。我々も常に試行錯誤を重ねている状況ですので、部品の仕様を固めてから、「これで製作をお願いします」といった、いわゆるウォーターホール型の開発工程は馴染みません。開発パートナーとともに検討し、ときにはゼロから一緒に手がけられる関係を目指しています。もちろん、これまで培ってこられた、製造企業としての実績、低コストで量産可能、さらに迅速に製作するQCD(品質・コスト・納期)を満たす良いモノづくり力を存分に発揮いただくことを期待しています。

インターステラテクノロジズが現在開発中の「ZERO」は、世界的に需要が大きく伸びている超小型の人工衛星を宇宙空間(地球周回軌道上)に運ぶための小型ロケット(全長25m、直径1.7m、総重量33t)。福島・東京支社では、ジンバル機構のほかに、人工衛星を収納するフェアリング部、ロケットの頭脳に当たるアビオニクス(電子機器)の開発・製造を行っている

宇宙は、開発から「利用する」時代へ。成否を分かつ「コスト1/10」への挑戦

―民間のプレーヤーが続々と参入し、宇宙開発は「官から民へ」とステージが移行しつつある印象です。現在の潮流をどのように捉えていらっしゃいますか。

稲川:
おっしゃる通り、宇宙はこれまでの官主導で「開発する」時代からシフトしつつあり、民間企業の参入が増えてきました。日本でも著名な起業家の宇宙旅行が話題になるなど、徐々にですが、宇宙は市民が利用するフィールドになりつつあり、今はその過渡期にあると捉えています。では、「宇宙開発」と「宇宙産業」は、いったい何が違うのか。

「宇宙開発」は、宇宙の「最前線を広げる活動」を指します。国家や世界が連携して、莫大な予算をかけてロケットや人工衛星、探査機を開発し、未開拓の領域を切り拓いてきました。一方「宇宙産業」は、その広げた領域で「経済活動をする」ことです。アメリカで2000年ごろから先行していた宇宙の産業化が、私の体感としては数年遅れてようやくヨーロッパや日本にも浸透し始め、今まさに芽吹こうとする瞬間を迎えているところです。

―日本の宇宙産業は勃興期にあるわけですね。その中でも、御社の事業開始は「2013年」と相当に早いタイミングだと思います。

稲川:
はい、実は「小型ロケットを民間で開発」する構想自体はもっと以前からありました。2005年にSF作家やエンジニアなどの宇宙好きの有志が立ち上げた「なつのロケット団」が当社の前身です。結団当時から、ロケットや宇宙船などの開発は、将来的には国主導から民間に移ると見越して活動してきました。

2006年には、現在の取締役・ファウンダーである堀江貴文がチームに参画。2007年には開発拠点を鴨川市(千葉県)に移して燃焼試験設備の整備に着手、2009年に赤平市(北海道)でロケット開発を手がける日本の産業機器メーカー「株式会社植松電機」の敷地の一角に開発拠点を移したのち、2013年に大樹町で「インターステラテクノロジズ」の名で事業を開始しました。

我々が目指す「宇宙産業」とは、ひと言で言えば、宇宙にモノを運ぶ「輸送業」です。ベンチマークはどこですか、と問われれば、トラック輸送などの物流会社を例示することもあるくらいです。もちろん、地上と宇宙は異なる領域ですが、産業・社会を支えるインフラという点では共通します。物流は経済発展に欠かせない血液です。同様に宇宙産業の拡大のためには、根幹を支えるインフラの強化が必要です。通信の進化に例えれば、ダイヤルアップからISDN、ADSL、光回線へと変遷し、同時にパソコンやスマートフォンなどが普及して、ようやく産業として広がった歴史があります。我々は、利便性の高いインフラを宇宙に創造することで、宇宙産業の飛躍的な成長に貢献していきたいと考えています。

―ロケットで宇宙にモノを運ぶ、輸送業。概念としては理解できるのですが、まだ具体的なイメージが浮かびません。ロケットで宇宙にモノ……たとえば、食料品や家電製品など……を輸送する未来を描けないというか。SFの世界の印象が強すぎるのかもしれませんが、ロケットはまだそれほど頻繁に「飛んでいない」ですよね?

稲川:
そのご指摘が、まさに日本の宇宙開発そのものが抱えてきた課題だと思います。かつての宇宙は、夢やロマンといった“美しいストーリー”とともに語られがちでした。たとえば、「月や火星に人類が移住し、ホテルや住居で暮らしている」といった未来です。こうしたフィクションがずっと語られてきたものの、残念ながらまだ実現していません。なぜでしょうか。私は2つの理由があると考えています。

1つ目はとてもシンプルで、ロケット開発から打ち上げまで、あらゆる部品・製品が高額だからです。国家事業、公共事業としてのロケット開発・打ち上げでは、競争原理が働きづらく、コストが高止まりする傾向があります。別の業界で考えると分かりやすくて、たとえば自動車業界。日本のクルマは世界に冠たる高性能です。それでも、エンジンならば数十万円で、クルマ単体ならば200万円ほどで購入できる。あんなに高いパフォーマンスなのに、にわかには信じられないほど安価なわけです。質の高い健全な競争のために、この水準が“通常”になったわけです。

もう一つは、宇宙に行く機会が限られていたことが挙げられます。国主導の宇宙開発では、開発費用に税金が充てられます。この場合、気象衛星やGPS衛星といった最大多数にメリットをもたらす限られたアプリケーションの開発が優先され、それ以外の産業は、宇宙との接点を持ちづらい状況になっていました。

だからこそ私たち「ニュースペース(New Space)※1」では、こうした従来構造にメスを入れて、民間主導で宇宙産業を活発化させることで、開発・打ち上げコストの低下やアプリケーションの性能向上、宇宙の利用機会の増大などの好循環を促そうとしています。つまり、既存のビジネスモデル自体を完全に刷新する、という挑戦です。

宇宙に飛び立つロケット開発のコストを削減して、宇宙に行く機会を増やしたい。そのための象徴的な数字として、コストを1/10に、つまり開発費の桁を1つ下げることを目指しています。まずは変えられる部分から地道に削減していき、これを積み重ねていくことで、トータルコストで「1/10」を達成する――このようにしてコスト構造を変えていきたいと思い、発信を続けています。

※1:国主導ではなく、ベンチャー企業など新興の民間企業が宇宙産業の裾野を広げる活動のこと

―ただ、「ローコストの追求」と「品質の維持・向上」は、トレードオフにはできない領域です。

稲川:
どちらも追求していきます。ここは絶対に譲れないところですし、浜通りのパートナー企業の皆さんとも、根っこのところで理解しあえていると思っています。モノづくり、エンジニアの矜持とでもいうのでしょうか。

日本のロケット開発には50年以上の歴史がありますが、2023年3月に打ち上げられたH3ロケットは宇宙には届きませんでした。世界をみてもロケット打ち上げの成功確率は平均で95%程度、つまり20回に1回は不具合が起きています(2023年3月時点)。それほどまでに、ロケットの開発は難しいということです。

また、そもそも私たちのようなベンチャーは、開発・打ち上げの「経験」が不足しています。にもかかわらず、いきなり100点満点を目指すのは無理な話でしょう。小さな挑戦と改善を繰り返しながら最終的に完成形にたどり着く。こうした「反復型開発」を開発コンセプトにして、取り組んでいます。実際に小型ロケット「MOMO」も、初号機、2号機のチャレンジを経て、3号機で初めて宇宙空間に到達することができました。適切なリスクを取りながら前進するサイクルこそが重要です。

宇宙の総合インフラ企業へ。浜通りとともに、進化する未来

―御社は、「宇宙の総合インフラ会社」を目指すと表明されています。そこに至る道筋を教えてください。

稲川:
まずは、現在開発中の小型ロケット「ZERO」の完成に全力を注ぎます。そのうえで、ZEROを定常的に打ち上げる体制をつくり、量産化につなげたい。具体的には、1カ月に2回~3回は日本からロケットが打ち上げられる日常をつくっていきたい。今の日本のロケット打ち上げ回数は年間平均で3回~4回なので、これを1桁上げることが当面の目標です。量産を含めて「5年以内」に確実に達成する覚悟で取り組んでいます。

その先の射程として、人工衛星の開発・製造・運用を通じて宇宙利用をもっと身近なものにしていきたい。「Our Stars株式会社」を2020年12月に立ち上げたのもその一環で、「ロケット×人工衛星」の垂直統合によってスピーディな開発と低価格化を目指し、ZEROの打ち上げと同時にビジネスが立ち上げられるように準備しています。このサービスが実現すると、地球上の陸・海・空あらゆる場所が人工衛星の通信でつながり、一次産業はもとより、物流・防災・気象そのほかさまざまなサービスが効率化され、私たちの暮らし、もっといえば、世界が大きく変わります。

地球規模で世界を一気に変えるためには、「宇宙利用」が絶対に必要です。もちろん何から何まで、全てを宇宙でできるわけではありませんが、場所に限定されることなく、人類全体の底上げを果たせるのが宇宙の魅力です。インターステラテクノロジズのロケットZERO、そしてOur Starsの人工衛星が大きく貢献できると信じています。

―そうした構想の中で、福島・浜通りは今後どのような位置づけになるのでしょうか。

稲川:
開発拠点、部品のサプライチェーンとして、引き続き重要な位置を占めることは間違いありません。繰り返しになりますが、ロケットベンチャーが成功するためには、サプライチェーンの力を最大限に引き出すことが重要です。日本全体でサプライチェーンをどう構築するかという観点からも、浜通り、あるいは南相馬市の行政や地元企業には、福島ロボットテストフィールドを含めて、航空・宇宙産業の底力を発揮いただくことを期待しています。もちろん我々も、地域の熱意と期待に応えていけるように邁進していきます。

同様に、浜通りの産業集積を担う福島県や「福島イノベーション・コースト構想推進機構」(福島イノベ機構)にも、企業への力強い支援の継続を期待しています。実は、私たちと浜通りとの関わりも、福島県につくっていただきました。2020年に「ロボット・航空宇宙フェスタふくしま2020」に登壇者として招待いただいたのが始まりです。来場者やほかの出展社の熱量を体感し、「浜通りで宇宙産業がこんなに盛り上がっているのか」と驚いたことをよく覚えています。今につながるパートナー企業とも縁を結ぶことができた、非常に価値のあるイベントでした。福島県や福島イノベ機構には、こうしたネットワーキングの機会を継続的につくっていただき、イノベーションの芽を共に育んでいきたいと思っています。

インターステラテクノロジズ

インターステラテクノロジズは、低価格で便利な宇宙輸送サービスの提供を通じ、誰もが宇宙に手が届く未来の実現を目指すスタートアップ企業です。北海道大樹町に本社を置き、東京支社と福島支社、室蘭技術研究所(室蘭工業大学内)の4拠点で開発を進めています。観測ロケットMOMOでこれまでに計3回、国内民間企業単独として初めてかつ唯一の宇宙空間到達を達成、次世代機となる超小型人工衛星打上げロケットZEROの開発を本格化させています。人工衛星開発の100%子会社Our Starsも設立し、国内初のロケット×人工衛星の垂直統合サービスを目指しています。