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ぶっちゃけどうなの?移住リアルレポート

様々な移住・定住のサポート制度を、実際の移住レポートとともにご紹介します。

Iターンして、高級割り箸メーカーを起業。
いわきなら、ゼロから始められる

2020年2月12日

REPORT「移住リアルレポート」

髙橋 正行

髙橋 正行さん

株式会社 磐城高箸 代表取締役

1973年、神奈川県出身。30歳を過ぎてから、いわき市に移住。造林会社に就職し、林業の衰退と森林の荒廃に危機感を抱く。スギ材利用を考える中で「割り箸」に着眼し、2010年に起業。直後に東日本大震災で被災するも、デザイナー有志グループの協力を受け、被災3県のスギを使った『三県復興 希望のかけ箸』を発売。間伐推進中央協議会会長賞を受賞する。以降、地元産スギを材料に一貫製造した『眠り杉枕』『おがぬいぐるみ』や、地元のヒノキを使った『ひのき鉛筆』を発表、数々の賞に輝く。

Uターン、Iターン、Jターンには、大きな決断が伴う。成功者たちは何に背中を押され、どんな支援を得て福島の地に根を下ろすことができたのか。インタビューをもとに具体的に探っていこう。初回はいわき市で、地元産スギの高級割り箸製造販売会社を立ち上げた、髙橋正行さんにお話をうかがった。モノづくりの経験ゼロ、人脈もほとんどないIターン者が、いわきの林業再興のフロントランナーとして広く知られるに至った、その道のりに迫る。

いわき市田人町の山間地域にある『磐城高箸』。代表取締役の髙橋正行さんが2010年に起業、スタッフ総勢7人という若く小さな会社だが、今やいわきのモノづくりの旗手として、その名は県内に知れ渡っている。

主力製品は、地元いわきスギの間伐材の原木から作り上げる「利休箸」。茶人・千利休が客人をもてなすのに使用したのが起源とされる、高級割り箸だ。

この箸と、東日本大震災で被災した宮城県・岩手県・福島県のスギで作った利休箸のセット『三県復興 希望のかけ箸』が、2011年度の間伐・間伐材利用コンクールで間伐推進中央協議会会長賞を受賞。以降、数々の賞に輝き、いわき市で開催された第7回、第8回「太平洋・島サミット」にも採用された。

2016年には、割り箸製造の過程で出る端材や不良品を有効活用しようと、スギのチップを使った『眠り杉枕』を販売。ウッドデザイン賞とグッドデザイン賞を受賞した。2019年2月には、廃校になった小学校の木造校舎に拠点を移し、ヒノキの鉛筆の製造を開始。あわせて見学者の受け入れも始めた。

こうした髙橋さんの事業は新聞や雑誌にひんぱんに取り上げられ、メディア登場は300回超。世間の関心をいわきの山に集めている。

現在は会議室として利用している、かつての「教室」でインタビューを実施。
壁には、田人第二小学校の校歌も掲示されていて、どこか懐かしい気持ちに駆られる。

いわきの森が、
このままではもたない。
国産スギの需要創出を懸けて起業

そんな髙橋さんのご出身は、実は神奈川県横須賀市。弁護士を目指していたが、司法制度改革を機に断念したという。

「次は全然違うことに挑戦したい。そう気持ちを切り替えたときに、いわきを思い出しました。亡くなった祖父が、生前この近くの山を管理する造林会社の役員を務めていた関係で、小さい頃から夏休みのたびにいわきに来ていました。大好きな思い出の場所だったし、造林会社の当時の社長と面識があったので、雇ってもらいました。ここで木こりとして静かに一生を終えようと、本気で思っていた(笑)」

30歳を過ぎてからの移住だった。ところが、そんな考えを覆す事実が、すぐに発覚したという。

「会社の決算書を見て、愕然としちゃったんですね。今にも潰れそうだったんです。理由は明白で、原木の市場取引価格がどんどん落ちていた。祖父の時代は1㎥あたり35,000円前後でしたが、8,000円くらいに落ちている。これでは産業として成り立ちません」

林業が破たんすれば、山は間違いなく荒廃する。危機感を募らせた髙橋さんは、原木に新たな価値を付加して販売する方法を模索したという。そんな中で、1冊の本に出合った。

「森林ジャーナリストの田中淳夫さんの書いた本です。そこには、原木を製材した木材製品の状態では1㎥あたりの取引価格は5万円。対して、割り箸にすると25万円くらいになると書いてありました。要するに、割り箸はそれだけ手間がかかるということですが、そのときは単純に、“割り箸ってすげえな”と、大きな可能性に興奮しました」

さっそく田中氏にコンタクトをとり、2年かけて割り箸についての勉強を進めた。

割り箸は形状と素材による格付けがある。髙橋さんが狙いを絞ったのは、スギでできた利休箸で、割り箸としては最高格だ。

「国内で流通している割り箸の95%が中国産で元禄というタイプ。これは、1膳1円程度で売られています。だから新規参入したところで、価格で張り合うことは到底できません。それならば、最高級という付加価値で勝負しようと思ったのです」

2010年、満を持して起業。生産開始直後に東日本大震災の余震で機械が壊れるという悲劇に見舞われたが、ボランティアグループの支援活動に励まされ、ヒット作『三県復興 希望のかけ箸』を生み出した。

試行錯誤して、この削りの美しさにたどり着いた。国産の利休箸メーカーは、国内にわずか数社しか存在しない。
「50年後、100年後にも手入れの行き届いた森を受け継ぐのは、今の世代であるわれわれの責任」

助成金を得て事業を拡大。
目的に向かう途上で得た、
人とのつながり

周囲の反応は、どのようなものだったのだろうか。

「それはもう、割り箸で食えるはずがないと、親からも友人からも散々反対されましたよ。でも、とにかく林業を衰退させないために新たなスギの需要を作り出したかった。自分1人で挑戦し、3年経って芽が出なかったら諦めようと覚悟を決め、機械を購入しました。全部中古ですが、600万円ほどかかりました」

初期費用はどうしたのだろう。

「最終的には親に借金をしましたが、福島県やいわき市のいろいろな支援制度をひと通り確認しました。なかでも『IWAKIふるさと誘致センター』という組織があって、ここで起業や移住のための情報をもらえます。僕も物件探しはここに相談をしました。親身になって考えてくれましたよ」

その後、事業を拡大するときには、様々な助成制度を活用したそうだ。

「例えば『ひのき鉛筆』の製造機械の購入には、福島県の『ふくしま県産材競争力強化支援事業』の補助金を使いました」

旧校舎の改修にあたっては、復興庁クラウドファンディング支援事業を活用して資金調達を行った。ほかにも『ふくしま産業復興雇用支援助成金』(福島県)、『小規模事業者持続化補助金』(経済産業省)なども、事業の安定化に活用したそうだ。

自生域として、ヒノキの北限であるいわき。その厳しい環境で育ったヒノキ間伐材から、試行錯誤の末に鉛筆を開発。
清々しいヒノキの芳香となめらかな書き心地。「リピーター利用や贈答品としても人気です」

「それにしても」と、ふと思う。繰り返しになるが、髙橋さんは、もともとモノづくりの経験がなかったのだ。造林会社に知り合いがいたとはいえ、起業を助けてくれる人脈はなかった状態で起業した。どのようにして、事業を軌道に乗せることができたのだろうか。

「相談役に就いてもらった鳥居塚さんの存在が大きい。造林会社のOBで木の目利きや扱いにとても長けた方で、本当に頼りにしています。製造に関しては、独学して、まさにトライアンドエラーですね(笑)。それから、『ひのき鉛筆』を作るときに特にお世話になったのが、藁谷製作所という市内の精密機械会社さんです。治具を作らせたらピカイチの企業が同じいわき市内にあったことは、偶然とはいえ、感謝しています」

震災後の2011年10月には、「自分も地域に貢献する仕事をしたい」と地元の新卒者が手を挙げた。蛭田真浩さんだ。今や工場長として製造部門を一手に担う、頼りになる相棒だ。

工場長として活躍する蛭田真浩さん(写真右)と。
「彼の努力なしに、『ひのき鉛筆』の完成はなかったです。今も製品改善に向けた議論を重ねています」

Iターンに必要なのは、多少の図太さ。
「東北の企業です」を超える物語を

磐城高箸の今後の展望は?

「もっと多くの人に木材利用の現場を見て、知ってもらいたいと思っています。そのために、この旧校舎に移転し、産業観光施設を兼ねています。これまで通り、モノづくりは真摯に続けますが、製品のラインアップは増やしていくつもりです」

では、髙橋さんが考える、Uターン、Iターンする際に心得ておいたほうがいいことは?

「Iターンに関して言えば、情報を集める力と精神的にタフであること。情報の窓口はたくさんありますが、自分から取りにいったほうがいい。知らないことを素直に質問する勇気も必要です。また、地域差はありますが、よそから来た人に最初から心を開いてくれる人ばかりではないし、反対に干渉されることもある。それを気にしない図太さは絶対に必要です。まあ、Iターンに限らず、どこの社会でも同じかもしれませんが。あとは、Uターンを検討している人には、何より車の免許を取ることを勧めたいですね(笑)。高校卒業後、免許を取得しないままで県外に出てしまうから、地元の本当の良さを知らず“帰ってもつまらない”となる。車があると、視野が広がりますよ」

髙橋さんは、起業を考えるなら、いわきは狙い目だと言う。その理由として、3つ挙げてくれた。

「1つは、首都圏で何かを売りたいとき、東北の企業であることはプラスに働きます。私自身の経験に照らしても、“遠くからよく来たね。がんばっているね”と、応援してもらえる確率が高い。とはいえ、東北の企業であること以上の製品力や会社の物語など、核となるものを備えていることが前提です。2つめは、そうは言っても、いわきは首都圏から物理的には大して離れていないこと」

常磐自動車道ならいわき勿来ICまで、約155km。高速を使ったらすぐだ。今春には、常磐線の全面開通も見込まれている。

「最後の1つは、僕がいること(笑)」

移住も起業も、地域に相談できる相手が1人いるかどうかで、ハードルの高さが大きく変わる。髙橋さんのもとには、移住を考える人、仕事をしたいという人からの相談があり、髙橋さんはそのつど対応しているそうだ。

「相談してくれたら、いつでものりますよ」

先駆者の頼もしい言葉だ。

「いわきで待っています」

株式会社 磐城高箸

2010年8月設立。原木の仕入から製品の完成まで一貫で製造し、間伐材を活用することで森林の再生を促す。主な商品に『三県復興 希望のかけ箸』(間伐推進中央協議会会長賞受賞)、『眠り杉枕』『おがぬいぐるみ』『ひのき鉛筆』がある。2019年、廃校になった小学校に工場を移転。産業観光拠点として地域振興にも貢献

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