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気になるアイツの活躍!!地元の星

業種・職種を問わず、仕事に真摯に取り組む姿勢や新しいことに果敢にチャレンジする様子など、今光り輝いている地元の星を紹介します。

チャレンジャーが次々と生まれる環境を創るために、私がいまできること

2021年11月01日

STAR「地元の星」

和田 智行さん

株式会社小高ワーカーズベース 代表取締役

1977年生まれ。南相馬市小高区(旧小高町)出身。大学入学を機に上京しITベンチャーに就職。2005年、東京でIT企業を創業、同時に自身は小高にUターンしてリモートワークを開始。東日本大震災の原発事故で自宅が避難区域となり、会津若松市に避難。その後、小高区で活動を開始し、2014年5月に避難区域初のシェアオフィス「小高ワーカーズベース」を開設。以来、数々の事業を立ち上げる。2017年からは起業人材の誘致・育成、創業支援に力を注いでいる。

震災で無人になった南相馬市小高区で、ゼロからまちづくりに挑戦している人たちがいる。和田さんはその中核メンバーの一人。原発事故で5年半も全域避難が続いた小高区を、発想を変えて課題先進地という「フロンティア」に見立て、「100の地域課題から100のビジネスを生む」ことをミッションにいくつもの事業で成功を収めてきた。それらをベースに、近年は起業家の誘致や創業支援にも力を入れている。それはまさに、まちおこしのビッグバンとも言える動きだ。2017年からは、市と連携して町の未来を創造していく起業型地域おこし協力隊事業(ネクストコモンズラボ南相馬)を始動。2021年には、大手企業の支援を受けて若手の社会起業家育成をサポートする通称「NA→SA(ナサ)プロジェクト」に乗り出した。「想いはあるけど、形にできない若者たちに道筋をつけてあげたい。ここにサードプレイスを創ることで、チャレンジャーが生まれ続ける生態系のようなものができれば」。地域の中であらゆる可能性を探る和田さんに、これまでの取組や今後の展望についてうかがった。

ミッションは「地域の100の課題から
100のビジネスを創出する」

まちなか乗馬サービス、移動型アロマセラピー、酒蔵&バー、まちのIT屋さん、ローカル・マーケター、アトリエギャラリー兼デザイン事務所…。南相馬市小高区ではいま、移住者による新しい「なりわい」が次々と誕生している。彼らに共通するのは、いずれもネクストコモンズラボ(以下・NCL)南相馬という創業支援プログラムの参加者ということだ。

地域で起業家として歩む、ネクストコモンズラボ南相馬のメンバーたち(写真:鈴木穣蔵)

NCL南相馬とは、震災により多くが失われた地域を舞台に新しいプラットフォームを整備していく事業で、2017年からスタート。地域おこし協力隊として着任した若者と南相馬市が連携することで、地域の課題解決や地域資源の活用を考えていくという仕組みだ。これまで10のテーマを設定し、テーマごとに人材を募集。現在9名が町外から小高区に移住し、起業家としての道を歩み始めている。別稿で紹介した小高駅の駅もりを務める菅野真人さんもその一人だ。

この地での移住起業は、田舎で起業という一般的なイメージとは少し異なる。原発事故避難で5年半も住民ゼロとなった地域でゼロからまちづくりを進めていくことは、どこよりも魅力的で面白い反面、過酷さも秘めていると言える。そんなチャレンジャーたちの受け入れを担ってきたのが、和田さん率いる小高ワーカーズベースという民間企業だ。NCL南相馬の事業を市から受託するにあたり、専任コーディネータ3名(彼ら自身も地域おこし協力隊)として採用。協力隊任期(最長3年)終了後の自立自走を目指し、徹底した伴走支援を行う。

「あえて震災復興の地を選んで起業することは、決して万人向けではありません。逆に言うと、ハマる人にはとことんハマります。そうした人たちの心理的な支えとなるコミュニティづくりを意識しています」と和田さん。自身もこの地で事業を興してきたチャレンジャーの一人として、若者たちを見つめる目は厳しくも温かい。

和田さんはもともとシステムエンジニア。東京で仲間とIT企業を創業した後、2005年に故郷の小高に戻った。小高に住みながら東京のクライアントと仕事を続けるスタイルは、いまでいうリモートワークの先駆けである。当時のことを尋ねると、「あの頃は自分の生活で精いっぱいで、“地域”を盛り上げていこうなんて気持ちはありませんでした」

小高ワーカーズベースの事務所は、小高パイオニアヴィレッジという簡易宿所付コワーキングスペースでもある

転機となったのは東日本大震災だった。小高区は原発事故の影響で全域避難に。和田さん自身も避難を余儀なくされた。

「震災の後、一時帰宅が許されて生まれ育った街並みを見たとき、もうここには住めないと思いました。信じられないことですが、鳥や虫たちの声が何ひとつ聞こえてこない。こんなところに戻れるわけがないと…。でもある時、この場所が持つ可能性に気づきました。それまで自分が身を置いていたITやウェブの世界は競争が激しく、誰でも考えつくようなところで勝負しても絶対に勝つことはできません。そこで視点を変えて、『誰もが不可能と思っている場所にこそ、実は可能性が広がっているのではないか』と考えたのです。それが小高でした。誰も手を付けたがらない世界が広がるこの場所には可能性しかありません」

こうして2014年5月に立ち上げたのが、小高ワーカーズベースという会社だ。掲げたミッションは「地域の100の課題から100のビジネスを創出する」こと。まだ避難指示が続く小高で同名のコワーキングスペースを構え、12月には食堂「おだかのひるごはん」を開業。翌年9月には市が作った仮設スーパー「東町エンガワ商店」の運営受託に手を挙げた。ゴーストタウンでシェアオフィスや食堂、物販を始めてどうするのか。当時、和田さんの動きは周囲の理解を超えたものだったが、いざ事業を始めるとたくさんの笑顔がはじけ、これこそが住民が心待ちにしていたものだったと証明された。

避難区域初の食堂となった「おだかのひるごはん」。2016年3月にその役割を終えた

自身での事業づくりから
起業家の誘致、育成、支援へ

そして2016年7月、小高はついに避難指示が解除に。それに向けて和田さんが打った次の一手は、若い世代が働ける場所の確保だった。

「若者たちが小高に戻ってこない本当の理由は何なのか。住民意向調査では、放射能への懸念や医療体制への不安などが挙げられているが、本当にそれだけなのか。実は若い人たちにとって魅力的な仕事がないという、震災前からの課題がむしろ大きいのではないかと考えました」

そうして立ち上げたのが、若い女性をターゲットとしたガラス工房だった。耐熱ガラスメーカーの老舗「HARIO」のアクセサリーブランド「HARIOランプワークファクトリー」とライセンス契約を結び、体験教室を開き職人候補を募集したところ、なんと70名以上が集まった。

「若い世代にとって生活の中心は仕事。ガラス工房の大きな窓越しに、女性がいきいきと働く様子が見に入ってくるし、復興の大きなはずみになると考えました」と和田さんは当時振り返る。

小高ワーカーズベースと同じ建物にあるガラス工房。
ベテラン職人5名に、今年初めて新卒2名が加わった

そうやって、「誰もがダメだと思っている場所」で次々と事業を興してきた和田さんは、2017年に創業支援プロジェクトNCL南相馬を受託する。これまでと違うのは、自らの起業ではなく、誰かの思いを形にする側に回ったということだ。その理由を、和田さんはこう説明する。

「それまでコワーキング、食堂、仮設商店、ガラス工房とやってきて、もう自分たちだけで100のビジネスを作り出すのは難しいと分かってきた。それで、起業人材の誘致と支援にも挑戦することにしたのです。ちょうどその頃、商売なんて絶対無理と思われていた場所で僕たちが実際に立ち上げた事業を見て、『それ面白いね』という反応が増えてきた時期でした」

こうして始まったNCL南相馬は、和田さんたちの惜しみないサポートを受けて、着実に成果を出しつつある。

あのとき子どもだった世代の
いまの熱い思いを支えたい

そして和田さんは現在、NCL南相馬とは別の若者たちの受け皿も準備している。それが2021年5月に開始した「Next Action→ Social Academia Project」、略してNA→SAプロジェクトだ。

こちらはソフトバンク、ヤフーという大手と組んだ新しい創業支援事業だ。若手の社会起業家を育成するのが目的で、事業計画の具体化の段階によって3つのクラスがある。ひとつ目は、やりたいことが明確で1年後をメドに起業を目指す「アポロ」。ふたつ目が、アポロまで明確ではない起業予備軍「ロケット」。3つ目が、参加者を応援しつつ関係を築く「ブースター」だ。初年度はアポロ4人、ロケットが12人、ブースターは随時募集中で現在100人ほどが在籍しているという。

NCL南相馬とNA→SAプロジェクトはどちらも創業支援という面では同じで、一見するとその違いはよく分からない。新しい事業を立ち上げた意図を和田さんはこう説明する。

「NCL南相馬では、地域おこし協力隊として、事業計画の提出をはじめ、社会にどういった変化をもたらすかといった厳しい評価を受けます。一方のNA→SAプロジェクトは、それよりは少しゆるい感じの受け皿といったところでしょうか。漠然と地方移住や起業を考えている層に向けて、『福島・小高は課題先進地だからこそ面白い。そんなフロンティアで挑戦しませんか?』と言ってもピンとこないのが現実です。震災復興という言葉だけではいまの若者には響きません。一方で、この地域で何かやりたいという熱い思いはあっても、具体的に何をどうしたらいいか分からない若者もたくさんいます。NA→SAプロジェクトのような受け皿があれば、起業型地域おこし協力隊でカバーできない起業家予備軍まで人材プールを広げられると考えました」

NA→SAプロジェクトの対象年齢は「16~29歳」。実はこれが最大のポイントなのだと和田さんは話す。「16~29歳の世代を私たちはゴールデンエイジと呼んでいます。つまり、東日本大震災当時、小・中・高校生だったみなさんです。彼らは当時、被災地の惨状を目の前にして『あのとき子どもの自分には何もできなかった』という悔しさ、後悔にも似た思いをずっと抱えてきました。実際に避難先の学校などで理不尽な思いを経験し、それがNA→SA参加の動機につながっている人もいます。いまだからこそ何か役に立つことができるはず、という彼らの熱い思いを支えたいと考えています」

NA→SAプロジェクト参加者は合計110人ほど。住まいは北海道から九州まで幅広く、バックグラウンドを越えた交流が広がる

小さくても多様な事業者が
常に生まれ続ける環境づくり

初年度のNA→SAプロジェクトは、コロナ禍の影響以外にも試行錯誤があるというが、それが起業の魅力であり難しさといったところだろう。1年後の起業を目指すアポロクラスの参加者は当初、地域おこし協力隊のように小高に移住して活動することを想定していたが、全員がその通りに動いているわけではない。また、プログラムの進行に従い、起業とは異なる「出口」を見つけた人もいるのだという。

それでも構わない、と和田さんは言う。小高で起業してくれればうれしいが、社会課題解決のフィールドは小高に限った話ではない。だから、浜通り地方の他の創業支援団体との連携も模索してきた。また、最終的に起業の道を選ばなかった若者についても、やる気のある若手を採用したい地元企業につなぐ、あるいは自らの会社が雇用の受け皿となるといった流れを和田さんは考えている。

「僕たちがやりたいのは、次々とチャレンジャーが生まれ続ける環境をつくること。誰でもここで自己実現に挑戦でき、それを周囲が応援するのが当たり前、という環境を作りたい。そうすれば、いまの子どもたちもそういう先輩の姿を見て、将来自分も起業してみようと思うはず」

自立した地域を目指し、和田さんもまたチャレンジし続ける

和田さんが当初掲げた「100のビジネスを生む」というミッションは、「大企業の誘致に依存しない地域をつくる」という意味でもある。その1社が倒産・撤退したら共倒れする状態はとうてい持続可能とは言えないからだ。

「小さくても構わない。多様な事業者がいることで新陳代謝を繰り返し、常に新しいビジネスが生み出される環境。それこそが僕たちが考える“自立した地域”です。そのためにも、事業家としてまずやるべきことは、自分たちのビジネスをきちんと形にしていくこと」

そうした考えを自らの行動で示してきた和田さん。NA→SAプロジェクトの運営実務は「もう若い人たちに任せている」と笑うが、その瞳は起業する若者たちの熱い想いに応えようという輝きで満ちていた。

株式会社小高ワーカーズベース

2014年11月設立。「地域の100の課題から100のビジネスを創出する」というミッションを掲げ、原発事故で避難区域となった南相馬市小高区を拠点に、地域の多様な課題解決事業の創出に取り組む。避難指示解除前からコワーキングスペース、食堂、スーパーの運営に取り組んできたほか、ガラス工房開設による雇用の場の確保(アトリエiriser-イリゼ-)、地域おこし協力隊制度を活用した人材育成(Next Commons Lab 南相馬)にも注力。2021年度からは大手企業と連係した新たな若手起業家育成プログラム(NA→SAプロジェクト)もスタートしている。他に、簡易宿所付コワーキングスペース「小高パイオニアヴィレッジ」やコワーキングスペース「NARU」の管理運営なども行なっている。

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