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リーダーシップ

福島発のイノベーションを先導し、次なる時代を創るリーダーたちの想いに迫ります

夢に向かい、もう少し頑張る日々を重ね
奥深いニットの魅力が伝わる製品を

2021年12月10日

野尻 さん

金泉ニット株式会社 福島工場 社員

1996年生まれ。福島県いわき市出身。福島県立磐城桜が丘高等学校を卒業後、以前から興味のあったファッションの専門学校である国際ビューティ&フード大学校ファッション学科に進学し、パターン、デザインなどを学ぶ。在学中に双子の弟と世界4大コレクションの1つ「ローマファッションウィーク」に出品し入賞したことも。同校の専攻科を経て2018年6月に金泉ニット福島工場に就職。当初から工場の量産に関わる業務を担い、最近は製品のデザインにも携わる。趣味は音楽鑑賞、ショッピングなど。好きなブランドは6111(シックスイレブンワン)。

中学校時代にファッション雑誌を通して服に興味を持ち始め、家庭科の教師である母の影響もあり、次第に自分でも好きな服を作りたいという思いを抱くようになる。高校卒業後はファッションの道へ。将来的にはデザイナーとして独立し、自身のブランドを立ち上げるという夢に向かい、入社以来目の前の仕事にひた向きに取り組む。同じ夢を追いかける双子の弟とのコラボレーションを視野に入れながら、ニット製造の要となる業務だけでなく製品デザインなど着実に仕事の幅を広げる。休日はフラワーアレンジメントの教室に定期的に通い、自らを磨くことも忘れない野尻さんにこれまでの取組や今後の展望についてうかがった。

葛尾の天然水が生む独特の風合い。
ふんわりと柔らかな高級ニットを量産

広々とした工場内に整然と並ぶ40台以上もの最新式の自動編み機。糸を編むキャリッジと呼ばれるパーツが右に左に素早く移動を繰り返し、さまざまなニットを次々と編み上げていく。何十台もの機械が一斉に作業を行うが、その作業を見守るのはわずか数人。出来上がったニットを確認して、必要に応じて調整を行う。その中に、今回紹介する野尻さんの姿があった。

話の端々から野尻さんのニットへの思いが伝わってきた

「金泉ニットでは、キャリアからミセスまでのレディース物を中心に一貫生産を行っています。入社以来、私の仕事は、愛知県岡崎市の本社や東京営業所から送られてくる製品サンプルをもとに福島工場で量産すること。量産前の最終サンプルをこの工場で作ることが多いのですが、お客さまにご確認いただく時は毎回緊張しますね」落ち着いた様子でそう話してくれた野尻さん。工場が新設された2018年6月から働き始め、今年で3年目となるが、入社早々から重要な業務を任されたことに不安はなかったのだろうか?

「工場完成とともに入社した面々は、自分も含めてみんな素人と言っていいレベルでした。誰もが分からないながら、東京営業所のベテラン社員の方に教わったり、本社に電話して確認したりと何とかこれまでやってこられたというのが正直なところです。もちろん何度も失敗しましたが、その分成長できたのかなと(笑)」

ふんわりとした肌触りは、豊かな自然が育む軟水の賜物
同じ素材でも色が変わると、風合いも変わるのだという

「ニットは、出荷前に独自の方法で水洗いして風合いを良くするのですが、洗浄用の水は地下130メートルから組み上げる天然水を使用しています。福島工場で仕上げる上質なニットの特徴は、何と言ってもこの軟水のおかげでふんわりと柔らかく仕上がること。一度弊社のニットを触っていただければ、その違いがよく分かるはずです」

不思議なもので、同じ素材でも色が変わると糸の太さが微妙に変わり、編み上げた時の風合いや水洗い後の縮む割合も変わってくるのだという。それを予想し「指示された寸法通りに仕上げるのが腕の見せ所」と話す野尻さんからは、真摯にニットに向き合う姿勢が伝わってくる。

指示通り仕上がるように計測を繰り返し行う

ニットとの運命的な出会い。
職人からデザイナーへと歩み始める

専門学校の2年間で服飾の知識を一通り身に付けてはいたが、さらに学びたいともう1年間専攻科で技術を深めた。それでも在学中にニットに関しては学ぶ機会はなかった。しかし、就職活動の際、担任の先生からニット工場ができると聞いてふつふつと興味が湧いたという。野尻さんにとって、ニットとの出会いは運命だったのかもしれない。

入社後、職人として確実に腕を上げてきた野尻さんだが、数カ月前から新製品の企画でデザイン画を書いているという。製品化も夢ではないところまで話は進んでいるとのこと。やりたかったことに近づきつつあるが、夢をかなえるためにはまだ足りないものがあると自分を冷静に見つめている。

デザイナーとして歩み始める野尻さんには、6111(シックスイレブンワン)というお気に入りのブランドがある。東京で開かれる展示会にも出かけデザイナーと話をする中で、本質を突き詰めるファッションスタイルにおおいに触発されるという。

そんな野尻さんが、ニットの本質を突き詰めていけば、新しいものが生まれる予感がしてくる。

野尻さんに双子の弟がいることはプロフィールでふれたが、同じファッション業界に身を置いているとのこと。気になる弟さんの現在の動向を尋ねてみた。

「以前は鮫川村の縫製工場で働いていましたが、そこを辞めて現在は東京のモード学園で服飾を学び直しています。来春卒業したら、ぜひとも弟とコラボレーションしたいですね」

以前に合同展示会「SOLEIL TOKYO」に出品した弟さんのコートは、企業の目に留まったこともあるそう。野尻さんが制作するニット、弟さんが制作するジャケットやコートなど、互いに引き立ちそうなコラボレーションに期待が高まる。

ところで、野尻さんはいまニットにどんな可能性を感じているのだろうか?

プログラマーと編み方について調整することも

ニットの本質と向き合い
新ジャンルの開拓に挑戦

「ホールガーメント機と呼ばれる機械で縫い上げるニットは、切れ目のない1枚もので仕上がり、裏地もなだらかで着心地がいいんです。この工場には、細い糸も太い糸も縫うことができる自動編み機が揃い、縫い幅を少し変えるだけで風合いもまた違ってきます。服だけではなく、バッグや小物などの新しい製品にもチャレンジしているところ。飛行機のシートカバーという案も話に上っています。ニットと他の生地を組み合わせるというのも面白いかもしれません」

「販売している他社のニットを見ると、もっとこうしたらというアイディアが湧いてきます。葛尾村で手塩に掛けて作った私たちのニットを、一人でも多くのお客さまに着ていただけるよう、これからもチャレンジし続けていきたいです」

意欲的に働く野尻さんだが、村の様子や周辺環境が気になる人もいるのではないだろうか?

葛尾村は、震災後の原発事故により避難指示が出され全村避難となった。指示が解除となったのは、震災から5年以上が経過した2016年5月のこと。別稿の「浜からビジョン」で紹介している梅澤さんの尽力もあり、愛知県岡崎市から金泉ニットがこの地に進出を決め、従業員は現地採用となり現在30名ほどが働く。緑豊かな自然に恵まれている一方、周辺の市町村と比べスーパーやコンビニなどの商業施設に恵まれているとは言いづらい。慣れれば住むのに苦にならないと話す野尻さんも、土日に買いだめして1週間の食生活をやり繰りしているそう。

自身のブランドを立ち上げる
夢に向かっていまをやり切る

それでも葛尾村で、仕事に打ち込むのは大きな夢があるから──。将来、デザイナーとして独立して自身のブランドを立ち上げるために「毎日学ぶことがあります。レベルアップするために日々もう少し頑張ってみようと。歩みを止めてしまったら、成長していけませんから」

従業員と相談しながら、より良い製品づくりに励む

「ブランドを立ち上げるなら、天然の素材やディティールにこだわりながら、シンプルなメンズ物をつくりたい。そのために、もっと毛糸のことも勉強したいし、襟をつけるといった後工程も覚えたい。現場を知り尽くせば、こうしたらというアイディアが自然と浮かぶと思うのです」

いま注目されているのが、自社ブランド「FEIL(フィール)」。ウルグアイ産の糸を使い風合いにこだわる。セーター、コート、ストールなど、シンプルなデザイン、豊富なカラーバリエーションが特徴で、三越や高島屋など首都圏の百貨店で販売され評判も上々だ。東京営業所の依頼を受け、野尻さんはこの「FEIL」に関して洗いと仕上げを担当。色ごとに枚数の指定が入るが、色が変わると寸法や風合いが変わるため作業中は気が抜けない。それでも営業や製品企画のいる東京営業所とのやり取りから、野尻さんは刺激をもらっているそうだ。

人気を集めている自社ブランド「FEIL」。
ニットだけでなくバッグなどの小物も揃う

「東京の話を聞くと、新しいことに取り組んでいて興味を覚えます。一緒に仕事したら、いま以上に勉強になりそうなので、機会があれば東京営業所に移りたいという思いもあります。福島工場の仕事をしながらスキルアップして、製品の企画もやっていけたらいいですね」

その思いの一方で「自分が福島工場を長く空けるわけにはいかない」と、日々の仕事に妥協せずに取り組む。

「今でも初めて扱う糸を目にするとどんな風合いになるのか、初めて編む形の服がどんな形で仕上がってくるのか、楽しみで仕方ありません。知れば知るほどニットは奥が深く、興味は尽きません」

葛尾村の工場で一から積んできた経験を糧に、さらなる高みを目指し仕事に打ち込む野尻さん。ニットをこよなく愛する若者の気持ちは、真っすぐに未来へと向かっていた。

金泉ニット株式会社

1973年創業の愛知県岡崎市に本社工場を持つニットメーカー。素材の開発や高い提案力を生かし、国内や欧米ブランドのOEM制作を行う。被災地の復興支援として、2016年に福島県葛尾村に工場新設を決め、2018年6月に操業。仕上げに軟水を使ったニットは、ふんわりとした手触りと、着心地の良さが人気。同社のニットは葛尾村のふるさと納税返礼品にも選ばれている。