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未来テクノロジー

テクノロジーが拓く、豊かな未来。挑戦し続ける人と企業をクローズアップ

さつまいもでピンチをチャンスに 女性と子どもの笑顔が、福島を元気にする

2021年03月29日

永尾 俊一さん

白ハトグループ 代表取締役

1963年、大阪市生まれ。関西大学法学部卒業。大学4回生のとき、たこやきハウス「KU/KU/RU道頓堀店」(現、たこ家道頓堀くくる本店)を開店。変わりダネを35種類開発し、人気店に。その後、さつまいも専門洋菓子店「おいもさんの店 らぽっぽ」開業。その後もさまざまなブランドを立ち上げ、全国の有名百貨店、駅ビル、アミューズメント施設などに店舗を出店する。2000年には農業法人「育みの里しろはと」を設立。2010年白ハト食品工業株式会社代表取締役社長に就任。関西大学評議員も務める。

阿武隈山系から流れる豊かな水と温暖な気候によって、双葉郡楢葉(ならは)町は古くから米作りや畜産が盛んな地域だった。しかし、東日本大震災と福島第一原子力発電所(以下、福島第一原発)の事故によって状況は一変。2015年9月に避難指示が解除されるも田畑は荒れ、農業の再開は難しかった。そんな楢葉町が今、さつまいもの産地として生まれ変わろうとしている。仕掛けるのは、大阪に本社を置き、さつまいもを使ったお菓子の製造・販売をする白ハト食品工業株式会社のグループ会社「福島しろはとファーム」。グループの代表取締役である永尾俊一さんを訪ね、その思い、今後の展望をうかがった。

風評被害を生み出す不安を
さつまいもの力ではねのける

震災から10年がたち、除染作業の効果もあって放射線量は大幅に減少した。帰宅困難地域は残るものの、被災地に人々が戻り始めている。しかし、風評被害は依然としてなくならない。

福島第一原発から20kmほどに位置する楢葉町は、原発事故によって町の大部分が警戒区域になった。4年6カ月後、避難指示が解除されたが、町に戻っても仕事はなく、農業をしても風評被害で販売先はほとんどなかった。楢葉町で栽培された農作物を検査しても放射性物質は検出されず、国の安全基準を満たしている。科学的データは、楢葉町の農産物を安全だと保証するが、なんとも説明の付かない不安を感じる人はいる。

「安全と安心は違いますからね。データでいくら安全だといっても、人の気持ちである不安を払拭することはできません。不安を解消する方法があるとしたら、それは女性と子どもの笑顔です」と永尾さんが言う。

江戸時代の川柳に、世の中の女性が好きなものは、「芝居・浄瑠璃・いも・たこ・なんきん(かぼちゃ)」とある。1947年、アイスクリームの製造販売業として大阪に創業した白ハトグループ。冬はアイスクリームが売れず困っていたところ、この川柳にあやかりスイートポテトを販売すると、女性を中心に大ヒット。現在は全国に20店舗を構えるまでになった。

「おいもさんのお店 らぽっぽ」では、さつまいも本来の甘味を生かした焼きたてポテトアップルパイ(写真右)や、定番のナチュラルスイートポテトが人気

「いつの時代においても、さつまいもは女性と子どもの笑顔のもとです。女性の笑顔に男性は自然と引き寄せられ、子どもの笑顔を見るとお年寄りは元気になる。楢葉町に笑顔を取り戻すことで人が戻り、町が元気になっていく」

「テレビなどを通じて、楢葉町の人たちが笑顔で暮らす様子を見た人たちは、『楢葉町は安心なんだ』と感じるはず。笑顔があふれる町には、みなさん行ってみたくなるでしょ。気づいたら風評被害はなくなっていますよ」と永尾さんが笑う。

永尾俊一さん(白ハトグループ 代表取締役)。「さつまいも総合メーカーとして、農業振興だけにとどまらず、地域振興につなげていきたい」

廃校をリノベーションした施設が
風評被害から奇跡のV字回復へ導く

「女性と子どもが笑顔になれば、町が元気になる」。永尾さんがそう確信するのは、同社が手がけた「らぽっぽ なめがたファーマーズヴィレッジ」の成功がある。

茨城県行方(なめがた)市にある「らぽっぽ なめがたファーマーズヴィレッジ」は、少子化によって廃校になった小学校をリノベーションした体験型農業テーマパーク。さつまいもの農業体験や手作り体験教室、レストラン、やきいもファクトリーミュージアムなどを併設する。

「食べる」「育てる」「遊ぶ」「つくる」「買う」「考える・知る」「働く」「つながる」をキーワードにした体験型テーマパークは、子どもだけでなく大人も楽しめる

「さつまいもと聞くと鹿児島県が有名ですが、あちらは焼酎に使うものがほとんど。茨城県はさつまいもの生産量が全国第2位、千葉県が第3位と、北関東は食用さつまいもの産地として知られています。行方市も日本有数のさつまいもの産地なんです」

そんな行方市も東日本大震災によって甚大な被害を受けた。原発事故の影響が心配されたが、収穫後の検査では放射性物質が検出されることはなかった。安全宣言を出したが、行方市のさつまいもを買う人はいなかった。

「もともと行方市のさつまいもを仕入れていたこともあり、産地をなんとかしないと、農家さんの離農を止めなければ、と必死でした。行方に笑顔が戻れば、農家さんも自信を持ってさつまいも作りを再開できるはず。そんな思いでファーマーズヴィレッジを作ったんです」と永尾さんが当時を振り返る。

そして同施設は年間20万人以上が訪れる人気スポットになった。焼きいもなどの販売やレストランの効果もあり、さつまいも農家の経営も安定。風評被害で落ち込んだ数字は、見事V字回復を果たした。

同施設を中心としたさつまいもの普及拡大の取り組みが評価され、2017年に農林水産祭・多角化経営部門の天皇杯を受賞

楢葉町をさつまいもの産地に
スマート農業で復興から発展へ

行方市での成功を知った楢葉町町長から、復興の手伝いをしてほしいと永尾さんに相談が来た。さつまいも栽培の北限は北関東あたりと言われていたが、温暖化の影響もあってエリアは北上。福島県でも太平洋に面した浜通り地域にある楢葉町は、冬でも雪がほとんど降らず、温暖な地域。さつまいもの栽培は可能だと永尾さんは考えた。

「そこで楢葉町にお願いし、バラバラになった小さな農地をまとめて、1つの大きな畑にしてもらいました。ロボットトラクターやドローンを使った防除作業といったスマート農業を取り入れるためには、大きな畑の方が効率的なんです」

2017年は試験栽培として1.5ha(ヘクタール)からスタート。その年の秋に収穫したさつまいもからは放射性物質は検出されず、安全性を確認。2018年には11haを作付けし、2019年には30ha、2020年は42haと作付面積は徐々に拡大。比例するように収穫量も増えていった。5年間で作付面積50ha、収穫量1,250トンを目標に掲げ、2021年の作付面積は47haを予定している。

福島の復興を手伝いたいと言って同社に就職する若者は多いという。ロボットトラクターやドローンなどを活用し、さつまいも栽培に励んでいる

2020年10月には、収穫したさつまいもを熟成・保管するための「楢葉町甘藷(かんしょ)貯蔵施設」、通称、楢葉おいも熟成蔵が完成した。最新の設備が整い、最大1,500トンを貯蔵できる世界最大級の貯蔵庫だ。

収穫したばかりのさつまいもは甘くなく、でんぷんを糖化させるために2〜3カ月ほど寝かす必要がある。室温は16度前後、湿度90%に管理された貯蔵庫に保管し、甘さをじっくりと引き出していく。食べ頃になったさつまいもは、自社店舗をはじめ、コンビニやスーパーなどで販売する大学いもなどの加工用として出荷される。

2020年10月に完成した、「楢葉町甘藷(かんしょ)貯蔵施設」。温度32〜35℃、湿度90%以上の庫内で4日間保存することで、収穫時の傷を癒し貯蔵期間を延ばす「キュアリング室」がある

毎年行われる収穫祭では、地元の子どもたちや町民が参加。大きなさつまいもを手に、子どもたちの笑い声が響き、それを大人たちが優しく見守る。町に笑顔が戻りつつあった。

うれしいことに、同社の取り組みを見た地元農家が、さつまいも栽培を始めるようになり、農家の息子や娘婿が楢葉町に戻って家業を継ぐというケースもあった。作っても売り先がないという農家の不安は、同社が買い上げることで解消している。

「2021年には、周りの農家さん30人ほどと生産者組合を立ち上げる予定です。農業ビジネスが軌道に乗ることで、農業資材や流通といった周辺のビジネスも活性化し、地域が元気になっていきます」とうれしそうに永尾さんは話す。

楢葉産のさつまいもが笑顔をつなぎ
福島ならではの魅力的なコンテンツが人を呼ぶ

「日本と福島の農業をステキにしよう!」とスローガンを掲げる同社。今後の展望を尋ねると、育苗や自然エネルギーの導入、女性向けコンテンツなど、さまざまなアイデアを披露。

「苗の安定供給を目的に、病気に強いウイルスフリーの苗を育て、自社だけでなく、生産者組合にも提供する予定です。福島は温かくなるのが遅いのでどうしても栽培期間が短くなってしまいます。そこで温度管理した施設で人工光を使い育て、ある程度大きくなったらハウスに移し栽培できたらいいなと考えています」

他にも、太陽光発電を行い、農機具のバッテリーの充電や施設の電気に使ったり、もみ殻を使ったボイラーで温室を暖めたりと、再生可能エネルギーの導入も計画中。また、やせた耕作放棄地の土壌改良として、牛ふんなどの堆肥や、炭化させたもみ殻を使っている。もみ殻(お米)も牛ふん(畜産)も、かつて楢葉町の特産だったもの。同社がさつまいも栽培をすることで、かつての楢葉町の風景が少しずつ戻りつつある。

収穫祭での一コマ。楢葉産のさつまいもで作られたスイーツを食べれば、誰もが自然と笑顔に

原発から自然エネルギーへの転換、AI(人工知能)などの最先端技術を使った栽培管理や育苗システムなどを積極的に導入し、SDGsにのっとった持続可能な農業を実現したいと意気込む。遠くない未来には、SDGsコンパクトタウンを作りたいとビジョンを語る。

「ファームカフェやビオホテル、フィットネス、体験ツアーなど、女性が喜ぶコンテンツを開発したり、修学旅行先として選ばれたりしたいですね。広島の原爆ドームのように、福島第一原発は歴史的な教育資産にすべきで、観光教育としてこの地を訪れてもらう。これは福島にしかできないコンテンツです。さつまいも総合メーカーである私たちが、その入口をつくる役割を担えたらうれしいです」

江戸時代の大飢饉や戦争中など、さつまいもは日本のピンチを助ける食べものだと永尾さんが教えてくれた。コロナ禍の今は、焼きいもがブームだという。さつまいもが持つ甘さや香りが私たちの心をやわらかくし、自然と笑顔を作り出していく。

楢葉町から生まれた笑顔が、福島を、日本を優しく包み込んでくれるに違いない。

株式会社福島しろはとファーム

日本全国でさつまいもの生産から、スイートポテトや焼きいも、大学いもなどのさつまいも商品の製造、販売を手がける白ハト食品工業株式会社の子会社である、株式会社しろはとファームが2019年4月に設立。楢葉町でのさつまいも栽培と、農業再生に関連する事業を行う。「日本の農業をステキにしよう」というスローガンを掲げる白ハトグループの一員として、楢葉町から新たな農業スタイルを発信している。