シェアする

  • LINE
  • Twitter
  • Facebook

未来テクノロジー

テクノロジーが拓く、豊かな未来。挑戦し続ける人と企業をクローズアップ

スマート農業と若手就農者の育成を通じ 南相馬市小高地区の農業復興に取り組む

2021年02月16日

佐藤 良一さん

株式会社紅梅夢ファーム 代表取締役

200年続く専業農家の9代目。高校卒業後は川崎市にある企業で業務用厨房の設計に携わる。24歳のとき、父親の入院をきっかけにUターンし、就農。水稲や和牛の飼育を行う。旧小高町議会議員を4期16年務め、町議会副議長を努める。集落営農組織連絡協議会会長、市農業員などを歴任。2017年より現職。

のどかな田園地帯が広がる南相馬市。温暖な気候に恵まれ、お米やシイタケといった農作物の栽培が盛んな地域だった。しかし、東日本大震災と原子力発電所事故の影響により、20km圏内にあった小高地区は全域が避難対象に。避難期間は農業ができず、離散する農家が後を絶たなかった。5年後、避難指示が解除され、営農が再開。その中心的存在にあるのが、株式会社紅梅夢ファームだ。代表取締役の佐藤良一さんを訪ね、ふるさと復興の思いと同社の取り組みをうかがった。

もう一度、農業ができる土地にする
地域が一体になって農業法人を設立

紅梅夢ファームは、南相馬市小高地区にある7つの集落営農組織の出資によって、2017年1月に設立された。まずは、設立に至るまでの経緯からお聞きした。原発事故による避難指示が出された後も、和牛の世話やため池を管理するため、特別な許可をもらい週に2、3日小高地区に通っていたという佐藤さん。目の前には、地震によって地盤沈下し、津波によってがれきが散乱、人の手が入らないため雑草が生い茂り、田畑の区別が付かないひどい景色が広がっていた。

2012年4月に立ち入り禁止が解除されると、南相馬市と協議し、「ふるさと小高地区地域農業復興組合」を立ち上げた。区内農地の草刈りや津波被災農地のがれき拾い、用排水路の土砂あげなど、小高区民に限定し作業員を募集。1日200人ほどが今も活動を続けている

「2016年7月に、小高地区の避難指示が解除されましたが、集落によっては誰も帰ってこない状況でした。さらに、子育て世代は県外避難し、子どもたちが卒業するまでは帰れず、若い農業の担い手が消えました。当時15あった集落営農組織のうち、活動できたのはわずか3つだけ。とても小高地区全ての農地をカバーできませんでした。高齢者も多く、6年間農業から遠ざかったことによる営農意欲の低下が一番の理由でした」と当時を振り返る佐藤さん。

12の集落営農組織は農業を再開しないが、土地は提供するとのことで、福島県や南相馬市、JA(農業協同組合)と一緒に、水稲農家だけでなく、花きや酪農、畜産なども含めて、小高地区の将来の農業を考えていった。そこで生まれたのが、地域の枠を超えた「3階建ての営農モデル」だった。

1階部分は地権者。2階部分は生産の担い手、3階部分が人材の派遣や農機具のリースなど、各地区の営農組織を統括する法人を設立するというもの。この3階部分が、紅梅夢ファームにあたる。「紅梅」という名前は、かつて相馬藩の居城である小高城が「紅梅山浮舟城」と呼ばれていたこと、また、旧小高町の町花が紅梅だったことに由来している。

「当初は3階部分だけを担当する予定でしたが、営農組織の再開が思うように進まないこともあり、2階部分の生産も弊社で行うことになりました」と苦笑いする佐藤さん。2017年の経営面積は、水稲9ha(ヘクタール)、大豆11ha、菜の花5.7ha、玉ねぎ2.4haの計28.1haからスタート。3年たった2020年は、水稲48.2ha、大豆4.4ha、菜の花5.9ha、玉ねぎ0.4haの計58.9haと順調に推移している。

生産したお米は放射能検査を行い、全量全袋で「未検出」。アイリスグループを通じ、パックご飯として全国で販売している。菜の花(菜種)に関しては委託加工し、菜の花オイル「浦里の雫」として商品化。さらに、ご飯やパン用の食べるオイルとして5種類の商品を開発し、道の駅やふるさと納税の返礼品として人気を集めている。

佐藤 良一さん(株式会社紅梅夢ファーム 代表取締役)。地域の人を巻き込み、復興に尽力するみんなのリーダー的存在

ロボットトラクター、ドローンを使い 魅力あふれる、次世代の農業をつくる

農業は土地があればすぐに再開できるものではない。肥料を加え土壌を安定させたり、イノシシなどによって崩された水田のあぜの復旧や電気柵を設置したりと、多くの予算やマンパワーが必要となる。また、耕作委託されている農地も年々増えていった。そんな状況を助けているのが、ロボットトラクターの導入や、AI(人工知能 )、IoT(モノのインターネット)などの先端技術の活用した「スマート農業」だ。

クボタ製のロボットトラクター。屋根にGPSのアンテナがあり、内部にはタブレット端末を装備し、自動運転走行が可能。

紅梅夢ファームでは、2019年度から2年間のスマート農業実証実験に参加。GPSや各種センサーが付いたロボットトラクターに、あらかじめ田んぼの形状を認識させることで、自動運転での田起こしや代かきなどの作業をしてくれる。より広範囲を自動運転できるよう、GPSアンテナの整備も進めている。

「でもね、熟練の農家さんと比べたらロボットの能力はまだまだかな」と笑う佐藤さん。それでも、同社では20代や30代など、若い社員が広い田畑を管理するため、スマート農業を採用することで技術不足や労働力不足を補い、より高品質な農作物の生産や、従業員の疲労低減につながると期待を寄せる。

田んぼや畑の除草剤散布作業には農業用ドローンや、ブームスプレイヤー(長いアームが付いた)を使用している。「以前は外部に依頼していたが、自社で行うことでスケジュール管理もスムーズになり、コストを大幅にカットできました」と佐藤さん。また、省力化と効率化だけにとどまらず、作業者を農薬から守るという点でもドローンの活用は利点が多いと続ける。

ドローンを使えば1haの防除作業は10分ほどで終わる

GPS田植え機。直進部分は自走走行するため、作業者の負担が少ない

ほ場管理や作業記録などの管理として、営農支援システム(KSAS)を導入している。田畑の地形やロボットトラクターなどの農業機械などを事前に登録。作業者は手元のタブレットを使い、あらかじめ作成された作業指示書に従ってスムーズに作業ができる。終了後に「完了ボタン」を押せば、作業軌跡や日報が作成されることで、どの現場で、誰が、どのような仕事をしているか一目で分かるシステムだ。

「南相馬市はロボットテストフィールド特区なので、新たな農業産業基盤の整備や、新しい農業をともに進めていきたいですね。少子高齢化、人口減少が進む日本の農業において、スマート農業はますます必要とされます。ITに強い若い世代が、農業を魅力ある仕事として感じてもらえたらうれしいですね」

ふるさとの復興に尽力する大人に憧れ
自ら農業の世界に飛び込む若者たち

小高地区の農業の復興とともに、後継者の育成にも力を入れる紅梅夢ファームは、地元の農業高校など、新卒者を積極的に採用している。役員の他に、現在は4名の社員が在籍し、平均年齢は若い。「私を入れると55歳ぐらいになってしまいますが」とおどける佐藤さん。
2021年3月には高卒2名、大卒1名の入社も決定している。

2019年春に地元の農業高校を卒業し、紅梅夢ファームに入社した鈴木ふみかさんに話を聞いた。南相馬市で暮らしていた彼女も、小学5年生のときに震災と原発事故によって避難を余儀なくされた。

「兼業農家の家で育ち、小さな頃から手伝っていました。震災によって荒れた田畑を見て、悲しく、悔しかった」。そんな彼女を変えたのは、地元で農業復興に取り組む人たちの姿だった。自分も農業でふるさとの復興に貢献したいと、農業高校へ進学した。高校3年生になりいくつかの企業を訪問した中で、紅梅夢ファームでなら新しい農業ができると思い、就職を決めた。

「今はスマート農業のデータ管理を担当しています。他にも、育苗や稲刈り、トラクターも乗るし、草刈りもする。何でも屋さんです。新しいことを学ぶのは楽しいし、毎日が勉強です。仕事を任せてもらえるので、やりがいもあります」と、うれしそうに笑う鈴木さんからは、農業に携われる充実感に満ちていた。いずれは商品の6次化にも取り組みたいと新たな夢を語ってくれた。

社是は「明るく、楽しく、真剣に」。やりがいのある農業を共有したいと佐藤さん

若い人が自ら手を挙げ、農業の世界に入ってきてくれる意欲がうれしいと話す佐藤さん。「若い担い手が、農業に魅力とやりがいを感じられるよう、“もうかる農業”、他産業に負けない“職場環境の整備”を進めていくのが、われわれの役目です」

農業研修や観光など、アイデアが続々
多くの人に南相馬の農作物を届ける

紅梅夢ファームの10カ年事業計画では、2027年には水稲200ha、大豆40ha、菜の花15ha、玉ねぎ5haの計230ha、売上高は2億260万円とし、純利益は1億6200万円を見込んでいる。さらに、農業実習生の受け入れ、観光農園や農家民宿の経営も視野に入れている。また、農業の現場を知ってもらうために、都会の人たちなどの消費者との交流や、農業体験などを組み合わせたツアーも検討中だ。

年間のスケジュールはぎっしり

食の安全や環境保全に取り組む農場に与えられる認証制度であるFGAPやJGAPを既に取得。今後はグローバルGAPの取得を目指し、より安心で安全な農産物生産に取り組んでいることをアピールしていきたいと話す。2021年度には200ha規模のライスセンター(水稲等乾燥調整施設)整備が計画中だ。

事業は順調に進んでいるように見えるが、震災前と比べて、まだ半分だと佐藤さんは話す。小高地区の90%の農家が、農地の委託、もしくは離農を考えているという。結果、担い手のいない土地は同社に委託される。「全てを自分たちではできないので、新しく立ち上がった農業法人とも協力しながら、復興に貢献していきたいですね」と決意を新たにする。

スマート農業の導入、若い新規就農者の育成など、南相馬の新しい農業を牽引するリーディングカンパニーとして、紅梅夢ファームはこれからもその歩みを止めない。

株式会社紅梅夢ファーム

南相馬市小高地区の営農再開を担う中核的な存在として、7つの集落営農組織が出資し、2017年1月に設立。水稲栽培(福島県オリジナル品種「天のつぶ」)をメインに、大豆、菜の花、玉ねぎ、トウモロコシなどを栽培する。菜の花を使ったオイル「浦里の雫」が人気。ロボットトラックや農業用ドローン、営農管理システムなど、スマート農業を積極的に取り入れている。若手農家の育成にも力を入れている。FGAP、JGAP取得。