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サステナビリティ

人も社会も環境も――。ソーシャルグッドな成長を目指す「挑戦者たち」の思考と実践

「メッセンジャーRNA医薬品を
南相馬から世界へ」。
医薬品の新領域でワンストップサービスの実現を目指す
――ARCALIS(アルカリス)・髙松聡氏インタビュー

2024年01月05日

髙松 さん

株式会社ARCALIS 代表取締役社長 CEO

1964年生まれ。東北大学大学院理学研究科 博士(理学)。有機合成化学者。大学院卒業後、味の素、富士フイルム、AGCの各社で、一貫して医薬品の受託開発製造(CDMO)、製薬ビジネス、ライフサイエンス事業に従事。味の素在職中は、CDMO分野での研究開発、製造、販売、事業管理などを国内外で歴任。富士フイルムではM&Aを含むバイオCDMOの事業拡大と医薬ライセンシング業務をけん引し、バイオ向け培地を製造する米国法人でCPO(チーフプラニングオフィサー)を務める。2019年にAGCへ転じ、ファインケミカルズ事業部長として、低分子医農薬CDMO事業を拡大。2023年5月より現職。

新型コロナウイルスワクチンの実用化に伴って認知度が高まった、メッセンジャーRNA(mRNA)。株式会社ARCALIS(アルカリス)は、製薬会社やバイオベンチャーなどが開発するmRNA医薬品の製造を受託する企業として2021年に設立された。このほど南相馬市に、最大で年間約10億回分の接種量に相当するmRNAワクチンの原薬を製造できる医薬品工場を建設した。今後、研究開発や製剤の施設を建設し、mRNA医薬品の開発から生産までを一気通貫で支援する体制の整備を目指す。社内の合言葉は「mRNA医薬品を、福島から世界へ」。2023年8月に本社を千葉県柏市から福島県南相馬市に移した髙松聡CEOに、mRNA医薬品の開発や製造を巡る動きと、アルカリスの事業展開について聞いた。

―御社は、事業の対象分野とビジネスモデルの両面でユニークな特徴をお持ちです。まず、医薬品全般ではなく、メッセンジャーRNA(mRNA)医薬品に特化しています。今般の新型コロナウイルス感染症が拡大した局面では、mRNAを利用したワクチンが実用化され、国民の間でmRNAの認知度が高まりました。

髙松:
mRNAはDNAが持つ遺伝子の情報を転写して、細胞に特定のタンパク質を作らせる伝達物質です。ウイルスは体内で特定のタンパク質を作り出しますが、mRNAワクチンは、ウイルスが体内でタンパク質をつくるもとになるmRNAを人工的に合成し、それを注射して体内に取り込むことで、ウイルスが体内で作り出すタンパク質の抗体を体内にあらかじめ作り、ウイルスに対する免疫ができるようにする医薬品です。

2023年のノーベル生理学・医学賞は、新型コロナウイルスのmRNAワクチン開発に大きな貢献をした2人の先生方(カタリン・カリコ、ドリュー・ワイスマン)に贈られました。そのブレークスルーを生み出した論文が発表された2005年以降、mRNAを医薬品として利用するための研究が世界中で進み、新型コロナウイルスによるパンデミック発生を受けて製薬会社がmRNAワクチンを短期間で開発した、という経緯があります。

mRNAを利用した医薬品についてはフロンティアが広がっています。適用範囲が広範で、感染症だけでなく、がんや再生医療、希少疾患などの分野で、治療薬や予防薬の実用化が期待されています。当社はそのmRNA医薬品に特化して、CDMO(Contract Development and Manufacturing Organization=受託開発製造)事業を手がける企業です。

南相馬市の株式会社ARCALIS本社・原薬工場

CDMOは医薬品業界の水平分業における主要プレーヤー

―そのCDMO事業についてうかがいます。医薬品業界ではCDMO事業会社に医薬品の製造を委託することは一般的に行われているのでしょうか。例えば、半導体やスマートフォンなどの分野では、メーカーが自社の仕様で製造会社に製品の製造を委託する動きが盛んです。これと同じ構造と考えてよいですか。

髙松:
ニュアンスとしては近いと思います。欧米の医薬品業界は、かなり以前から、研究開発から製造、販売に至る各プロセスで得意分野を持った企業が協力して製品を世に送り出す“水平分業”が一般化しています。製薬会社やバイオベンチャー、学術機関は医薬品の開発に集中し、CDMO事業者が医薬品を効率良く製造をするというエコシステム(組織の枠を超えて連携し、共存共栄する仕組み)が機能してきました。専用の施設やノウハウを持つ企業に、特定のプロセスや多額の投資が必要な部分を任せた方が、機動的かつ柔軟に新しい医薬品を世に送り出せるからです。

日本はその流れに遅れをとってきた面は否めませんが、近年は製薬会社が研究開発部門を切り離したり、製造部門を外部化したりして効率性を追求するようになっています。

ただ、mRNA医薬品は新しい分野で、こうしたエコシステムが未成熟です。特に日本はこの度の新型コロナウイルス感染症拡大で、多額のお金を出して海外からワクチンを買わなくてはなりませんでした。mRNAのエコシステムを日本で作り、例えば製薬会社や福島イノベーション・コースト構想に参画している大学や研究機関、ベンチャーがワクチンなどを開発し、パンデミックが発生すれば、我々がハブとなって国産化ワクチンを作り、それを国内、そして世界へと供給できるような世界を実現したいのです。

髙松 聡氏(株式会社ARCALIS代表取締役社長CEO)。学生時代は仙台で過ごした。福島も好きな場所だったという

福島復興への熱意に共感し、南相馬への工場建設を決定

―2021年に会社を設立した御社は、千葉県柏市を拠点に研究開発などを行ってきたと聞いています。しかし、2023年7月に竣工した原薬の製造工場の立地に選んだのは南相馬市です。なぜ、南相馬だったのでしょうか。

髙松:
当社は、武田薬品工業の創薬プラットフォームを継承して統合型創薬CRO(医薬品開発業務機関)事業を始めたAxcelead Drug Discovery Partners株式会社を傘下に有するアクセリード株式会社と、mRNA関連の研究開発を中心とする製薬会社の米Arcturus Therapeutics(アークトゥルス セラピューティクス)社の合併企業です。

私が当社に参画したのは2023年に入ってからですが、創業メンバーが会社設立の準備をしていた2020年末に、工場の立地を検討するなかで、南相馬市と福島県、そして国や、国会議員の先生も一丸となって復興に向けて活動をしておられることを知りました。その熱意に共感を覚え、創業メンバーの間で、「福島に工場を建て、福島から世界へ薬を届ける仕事をするのがいい」と福島の地で工場を設立する決断に至りました。

そこからはアグレッシブに動いておりまして、ご案内の通り、2023年7月に医薬品の製造工場が竣工しました。医薬品が製造されたときに有効成分となる原薬を製造する工場です。mRNAの製造能力は最大で年間5kgで、製剤してワクチンにすると約10億回分の接種が可能な量です。

南相馬市の本社・工場エントランスにあるアークトゥルスとアルカリスの説明パネル。うしかい座の一等星であるアークトゥルスの近くで発見された星、アルカリスが合弁会社の社名になった

信用がものを言う世界だからこそ、「早く実績を作りたい」

―会社設立が2021年で、2023年には設備基準の厳格さで知られる医薬品の製造工場を竣工したというのは、おっしゃる通りアグレッシブでスピード感のある動きです。

髙松:
「CDMO事業に飛び道具なし」―。CDMOに30年以上関わってきた私の信条のようなものです。CDMO事業にとって、最も大切な競争上の要素は、実績、そして顧客からの信用です。CDMOの市場は寡占が起きづらく、欧米の場合、上位5社の合計でも、シェアは30%未満にとどまります。なぜかというと、製薬会社やベンチャーなどの顧客ごとに、異なる「お気に入り」の事業者がいるからです。

この構図はホテル業界に似ています。同じ地域で特定のホテルだけに宿泊客が集中することはありませんよね。同じグレードのホテルでも、利用者ごとにお気に入りがあって、人気は分散します。前回までの宿泊で、何らかの良い体験をして、特定のホテルやチェーンを贔屓にするのではないでしょうか。そして、次の機会にもそのホテルを利用するのです。

製薬会社がどのCDMO事業者に仕事を依頼するかは、過去の利用体験が大きく影響します。初めての依頼時は、「あの会社の仕事をきちんとやり切った」という実績が選択を左右します。少しでも早く原薬の製造を受託し、きちんと仕事をして実績を作ることが欠かせないため、立ち上げのスピードを重視しています。

―仕事(製造)を受託するには、いかに実績があるかが最も重要なんですね。価格の違いは選択の決め手にはならないのですか。

髙松:
価格は決め手にはなり得ません。というのも、製薬会社は日程の手戻りを嫌います。定められた納期で、品質を満たす医薬品を収めてもらうことが極めて大切です。例えば、画期的な新薬を開発したメーカーは、特許取得後の20~25年間は、その医薬品を独占的に製造・販売できます。特許が切れる日は決まっていますから、売れそうな薬を開発したのに、CDMOが製造に手間取って生産が遅れたり、製造歩留まりが上がらなかったりすると、独占的に販売できる日数や販売数量が減ります。その機会損失による金額が利益ベースで1日数億円になるケースもありますから、価格よりも、「以前、きちんとやってくれた」という実績がものを言います。

―なるほど。御社が製造を受託する最初の製薬会社は決まっていますか。

髙松:
はい。株主の1社であるアークトゥルス セラピューティクス社は、mRNAワクチンでは世界有数の製薬会社です。この会社が開発した「ARCT-154」という開発コードの新型コロナウイルス用mRNAワクチンの原薬を当社が製造します。

ワクチンとしての日本への導入は、Meiji Seikaファルマ株式会社が、新型コロナウイルスに対する成人の初回免疫と追加免疫で製造販売承認を申請しています。当社が原薬・バルクを製造し、それらをワクチンとして注射に適した状態に加工をし、医療機関などに納入する製品にする製剤製造や、販売をMeiji Seikaファルマが行う形で連携します。当初は2024年2月の上市(市場への供給)を予定していましたが、流行株への対応を行う関係で、製造と上市はもう少し後になる見込みです。

南相馬市内に竣工したmRNA医薬品の原薬製造工場内(株式会社アルカリス提供)

同じ敷地内でmRNA医薬品の製造を完結させる

―御社は原薬工場に続いて、mRNA医薬品関連であと2棟、施設を建設すると聞いています。

髙松:
まず、原薬工場のすぐ隣に、原薬を瓶詰めしたり、箱詰めしたりする製剤の製造棟を建設します。2026年2月竣工予定です。さらに、研究開発の支援を目的とした機能と、治験薬や鋳型DNAを製造する機能を入れる施設を作ります。mRNAはDNAの遺伝情報を転写したものですので、mRNAを作るためにはまず、設計図としての鋳型となるDNAを作る必要があります。こちらは2027年11月の竣工予定です。

―原薬製造の川上と川下のプロセスについても、御社が自前で手がけるようになるわけですか。

髙松:
おっしゃる通りです。mRNA医薬品の有効成分となる原薬の製造と、その原薬を使用に適した形状に加工する製剤製造の両方を手掛ける世界初の統合型mRNA医薬品CDMO事業者を目指しています。しかも、同一の敷地内で完結できるのは大きな強みになります。新型コロナウイルスワクチンが製造されるまでは、mRNA医薬品を製造していませんでしたので、DNA製造、原薬、製剤の技術が地理的に離れた場所にありました。それでも医薬品の製造は可能ですが、化合物が壊れやすいプロセスもありますので、同じ敷地内で全部できる方が望ましいです。プロセス間の申し送りや技術移管も円滑になります。

さらに、研究から薬の誕生に至る一連のプロセスである創薬の支援については、株主であるアクセリードがノウハウを持っていますので、グループとして、創薬の化合物を決める段階から、商業生産してパッケージ化した医薬品を流通させるまでを一気通貫でお手伝いできます。例えば、創薬開発はアクセリードが支援し、その少量サンプルを作ったり、化学的な構造を最適化したりする仕事はアルカリスがお受けするようなことが可能です。mRNA医薬品の開発と製造までを一気通貫で行えれば、こちらも世界初のケースになるはずです。「mRNA医薬品はアルカリスに相談すれば何でもできる」というワンストップサービス体制を作ります。

2023年7月に竣工した①のDS棟で原薬を製造し、今後建設する②のDP棟が主に製剤、③のMD棟が少量の治験薬やDNA製造などを行う施設となる(株式会社アルカリス提供)

有事の際は、国民にワクチンを提供する施設として機能

―これだけ一気に設備投資をすると資金面での負担も大きいですね。

髙松:
2023年7月に竣工した工場の建設資金は、経済産業省のサポートをいただいています。「自立・帰還支援雇用創出企業立地補助金(第6次公募)」です。また、今後建設する2つの施設は、経済産業省の「ワクチン生産体制強化のためのバイオ医薬品製造拠点等整備事業」の支援をいただくことが決まりました。経済産業省の補助金は、今般のパンデミックで国内の医薬品業界がmRNAワクチンを国民の皆さまにお届けすることにほとんど貢献できなかったことを教訓として設けられた補助金です。平時はmRNA医薬品の製造開発をして、有事の際は国民の皆さまにワクチンを届けるために設備を優先して使う、というデュアルユースを前提として施設を運営します。

―人材の確保についての苦労はありますか。

南相馬に工場を建設して正解だったと思えることの一つが、人材の採用についてでした。これまで、地方で工場を建設すると人材の確保に苦労していたのですが、アルカリスの南相馬工場には、地元から優秀で実直な方々が多く参画してくれています。近い将来、県内の高専や高校からも新卒者を採用したいと考えています。

また、mRNA医薬品というフロンティアに魅力を感じて、日本の名だたる製薬会社から、優秀な研究者が大勢、当社に加わってくれています。mRNA医薬品の製造法や分析法の研究開発を担っている部署がある千葉県柏市の拠点からも、原薬工場立ち上げに伴って多くの人材が南相馬に来ています。

実は原薬工場を南相馬市に建てるに当たって支援をいただいた「自立・帰還支援雇用創出企業立地補助金(第6次公募)」では、支給条件に、「他県からの移住を含めた地元住民の雇用40人以上」という条件がありました。その条件はクリアする見込みです。役員はそのカウントに入らないのですが、私も南相馬市民です。2023年8月には、本社を千葉県柏市から南相馬市に移しました。

南相馬市への本社移転に際して作った「アルカリス音頭」を企業の紹介パンフレットにも載せている(株式会社アルカリス提供)

―南相馬は、単なる工場の立地ではなく、御社にとっても“地元”になりますね。

髙松:
福島県浜通り地域等の企業として、今後、福島イノベーション・コースト構想推進機構の皆さまともより深く関わりたいですね。福島イノベ構想がmRNA関連の研究や事業を促進する取り組みをやっていただければ、参画企業や組織に対するお手伝いをしたり、一緒にプロジェクトを進めていったりすることができるのではないかと思っています。

株式会社ARCALIS(アルカリス)

日本初の創薬プラットフォーム企業・アクセリード株式会社と後期臨床ステージの製薬企業Arcturus Therapeutics社の合併企業として2021年に誕生した、メッセンジャーRNA(mRNA)医薬品・ワクチンの創薬支援、受託開発製造(CDMO)事業を行う企業。本社は福島県南相馬市。従業員数71人(2023年10月現在)