未来テクノロジー
テクノロジーが拓く、豊かな未来。挑戦し続ける人と企業をクローズアップ
沖村 智さん
トレ食株式会社 代表取締役
1977年生まれ。長野県筑北(ちくほく)村出身。2000年、慶應義塾大学総合政策学部卒業。同年、東京海上火災保険株式会社に入社し、損害サービス部門で新規部門の立ち上げを担当。2010年、故郷である筑北村の再建のために帰郷。同村役場づくり推進室の立ち上げと同時に、職員として行政が運営する温泉宿泊施設3施設の経営改善、新規事業の立ち上げなどを行う。2013年から1期、村会議員を務める。2017年、企業CM、広告、プロモーション戦略をトータルプロデュースする株式会社トレードマークに入社。地方創生事業に携わる。2018年6月、トレードマーク社から独立し、南相馬市でトレ食株式会社を創業。
農水省によれば日本の食品廃棄物等は、年間2,531万トン。食べられるのに捨てられる食品「食品ロス」は、年間600万トンにもなるそうだ。一方、食料自給率は37%で先進国の中で最下位。こうした状況を憂い、「食品ロス」問題に地方創生事業として取り組めないかと、果敢に挑み続けているのが、トレ食株式会社の代表取締役、沖村智さん。キャベツの芯や大根の皮、魚のアラなど、食品廃棄物を独自の分解処理技術を用いて分解した成分を、化粧品やサプリメントなど、様々な分野に応用展開していこうと日々奮闘している。「食品業界でこんなことを言うと笑われますが、夢は世界進出。世の中の貧困をなくすことを目指しています」と話す沖村さん。その前に一番やり遂げたいことが、福島県の浜通りで「食」の上場企業を作ることだという。困難を抱える地域で事業を立ち上げたいと訪れた南相馬市で、出会いと縁という「小さな奇跡」を丁寧に積み重ねて丸3年が過ぎた。地元採用のスタッフとともに多様な機器と向き合いながら研究開発続ける現場を訪ね、これまでの取組や今後の展望などをうかがった。
地元のみなさんの力強い言葉と熱量に
「ここでならできる」と確信
トレ食株式会社(以下トレ食)は、南相馬市原町区に拠点がある。そのユニークな社名の由来を尋ねると、最初の2文字「トレ」には、前に在籍していたトレードマーク社へのリスペクトが込められているのだという。
「いま手掛けている事業は、世の中でいち早くトレードマーク社が取り組み続けてきた地方創生事業が根源なんです。社名には、これまでの経験を生かし、風評や災害などで疲弊している福島県の課題を解決していきたいという願いを込めました」
初めて南相馬市を訪ねた時のことを尋ねると、「とにかく南相馬市のみなさんの熱量がすごかった」とほほ笑んだ。「ぜひ、協力させていただきたい」という力強い言葉に、「ここでならできる」と確信。トレードマーク社の事業から分社化することを決め、自らトレ食に増資。オーナー兼代表取締役に就任した。以後、独自の技術、すなわち食品の高速分解と酵素、微生物反応を用いた新しい食品開発を行いながら、食品ロス解決に果敢に挑み続けている。
「当時は、あまり深く考えていなかったのかもしれません。でも、やりたいと思ったことは確かです」と笑う沖村さん。増資した瞬間、自身の銀行口座の残高はゼロ。トレ食という社名のほかは、何もない状況。最初の2年間は、とにかく無我夢中だったそうだ。「機械設備、研究成果も含めて、一気にここまできたって感じです」と振り返る。
「ようやく本当の意味でのスタートラインに立てた感じ。トレ食は、これから大きくなっていく企業だと思っています。もしかすると、僕が一人で頑張ったように聞こえるかもしれませんが、それは違います。本当に奇跡的にいろいろな人に助けていただきました」
魚のアラで安全・安心、SDGsの課題
解決にもつながる養殖用の餌づくり
直近の最も大きな仕事が、魚の養殖用の生餌を作りたいという企業との共同研究だという。「ペットも魚も生き物は本来、生のものを食べます。それを人間の都合で腐らないように乾燥させた餌を与えているんですよね。『生の餌ができないか』というお客様と連携し、研究開発を行っているところです」
トレ食が考えたのが、これまでなら処分するのが当たり前だった魚のアラの再利用だ。大まかな流れは、こうだ。まず、魚のアラを粉砕する。さらにペースト状にして熱と圧力を加えて発酵させる。続いてトレ食が得意とする機械のカスタマイズ技術を使い、特殊な装置を取り付けた既存のフライヤーに、特別な水溶液を入れて揚げる。油で揚げるのは餌が酸化したり乾燥したりしないようにコーティングするため。まさにいま実験の真っ最中で、防腐に天然の力を利用する無添加の生の餌ができれば、安全・安心、SDGsの課題解決にもつながり、完成すると世界初の『生の餌』になる。
3つのコア技術で
果敢に挑むビジネス展開
食品廃棄物を使って、新しい食品や食材として再利用していく際、トレ食は3つのコア技術で挑む。その1つが、任意の水を加えることで原材料から分解生成物が得られる「加水分解」。2つめは、酵素を加え物質を低分子化させる「酵素分解」。3つめが、乳酸菌を加水分解または酵素分解済みの物質に投与し発酵させる「乳酸菌分解」だ。
これらをどのような方法で収益につなげようとしているのだろうか。沖村さんは、3つの柱を挙げる。まず、廃材を高速分解処理し、再商品化できる原料を抽出し、商社等の販路を活用して販売していく「原料供給事業」。続いて、企業と連携し共同もしくは代行で研究開発を行い、委託料を受け取る「受託研究事業」。3つめがトレ食の使用機器を導入する企業に対し、助言や指導を行う「コンサルティング事業」。これらを軸に、ビジネス展開をしていく予定だという。
共同研究で食品から取り出せなかった
セルロースの抽出に今夏、成功
さらに今夏、共同研究を進めている北海道大学から待ちかねたうれしい成果物が届いた。それは、トレ食のメイン事業となる『セルロースの効率的な分解』で、海藻から取り出したセルロースだった。
うれしい理由は、トレ食のコンセプト「食べられない廃材を分解し、新たな食品や素材にして再利用する」にある。「セルロースとは、植物繊維または植物の細胞壁のことです。結局、分解できないから摂取しても排泄されてしまっていました」
そうした性質の一方でセルロースは、車や布、住宅用建材など、何でも作ることができる次世代素材だという。木を構成するセルロースを1000分の1ミリまで細かくほぐすことで生まれる「セルロースナノファイバー」は、車のボディやタイヤなど、様々な部分に活用できる可能性がある、軽くて強い最先端のバイオマス素材なのだ。
沖村さんは続ける。「いま世の中には、木材から取り出したセルロースしか存在しません。製紙メーカーなどでは、酸やアルカリまたは240度から300度の熱を使って取り出していますが、かなりコストがかかります。それをトレ食は、食品廃棄物を使って、独自の装置で、薬品を使わず、植物が持っている特性を利用して、50度くらいの熱で分解させてセルロースを取り出そうと、北海道大学とともに研究を進めてきました。成功すれば、食品廃棄物はもちろん、世の中にある植物から、セルロースを取り出すことができます。今夏、まさにその技術が手に入った。これはすごいことです。製造用の実用機が来年の秋くらいには、出来上がる予定です」
セルロース分解機械で、世界の様々な
分野に大きなインパクトを与えたい
食品廃棄物から“セルロース” を取り出し“新しいものを作る”ことを、スイカの皮を例に考えてみよう。そのままでは食べられないスイカの皮は、これまでは廃棄するしかなかった。しかし、その皮からセルロースを取り分けることができれば、同時にタンパク質や炭水化物なども取り分けることが可能となり、捨てるしかなかったスイカの皮は一転して宝の山となる。抽出したすべての成分は、サプリや化粧品など様々なものに再利用できるようになるからだ。
「『セルロース分解機械』があれば、木片や、ミカンなど柑橘類の皮、コーヒーやお茶の出がらしなどから取り出せる食物繊維、つまりセルロースを安価で先進的な素材に変換することができます。世界の様々な分野に大きなインパクトを与えられるんじゃないかと思うと、なんだかワクワクしてきます」
今秋、沖村さんは、南相馬市の福島ロボットテストフィールドの復興団地に、製造工場を建設すべく企業立地補助金を申請した。2022年秋をめどに研究と製造を新工場に移し、成果を出していきたいと話す。また今年度は、南相馬市で採れるブロッコリーの廃材を使った研究事業も予定しているそうだ。
「かねてから、地域に根付いた事業モデルを作りたいと思っていたので、ようやくです。これがうまくいったら、浜通りの各地域の特産物を使った事業に広げていきたい」
独自の技術は特許などで縛らず、自由に使えるような展開を考えていると話す沖村さん。トレ食ならではの機械を使った多様なチャレンジは、いよいよこれからが本番だ。
トレ食株式会社
加水分解、酵素分解、乳酸菌分解の3つのコア技術を、横断的に組み合わせることにより、食品廃棄物を細かい成分に分解。取り出した各成分を活用することで、調味料や食品、サプリメント、化粧品などに再利用することを可能にする。また、北海道大学との共同研究により、これまで分解が難しかった物質「セルロース」の分解技術を開発。これらの技術により食品廃棄物から食品などへのアップサイクルを可能にし、企業のコスト削減はもちろん、日本全体の食品ロス解決につなげるべく、日々研究開発を続けている。