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未来テクノロジー

テクノロジーが拓く、豊かな未来。挑戦し続ける人と企業をクローズアップ

世界を見据えた健康改革。ウェアラブルIoTを川俣町から発信

2020年07月01日

小副川 博通さん

ミツフジ株式会社 執行役員、医療プロジェクト部 部長 兼 福島工場長

1962年生まれ。大分県出身。慶應義塾大学商学部卒業。日本IBMに約20年間勤務後、ベンチャー企業数社でITソリューション開発を手掛ける。2010年に日本郵政に入社し、高齢者みまもり訪問サービスの立ち上げに参画。2018年にミツフジ入社。福島工場竣工と同時に、工場長に着任。

身に着けた人の心拍や呼吸数などの生体情報を正確に読み取るスマートウェア(衣類型デバイス)を開発し、一躍ウェアラブルIoT分野の最前線に躍り出たのが、京都に本社を置くミツフジ株式会社だ。西陣織を祖業とし、2016年よりウェアラブル端末を活用した生体情報マネジメントサービスhamon®(ハモン)ソリューションを提供している。2018年、福島県川俣町に研究開発・製造拠点として工場を構えた同社は、現在、町ぐるみで、住民の健康を見守る新たな仕組みづくりに取り組んでいる。具体的な内容と展望を、福島工場長の小副川博通さんにうかがった。

肌着から生体情報を取得。
住民の健康促進に役立てる

ウェアラブル、つまり「身に着けられる」端末というと、時計や眼鏡タイプを連想する人は多いだろう。しかしミツフジが作っているのは、シャツやタンクトップのような衣類型ウェアラブル端末だ。

「電気を通す銀メッキ繊維を生地の裏側に電極として編み込んだシャツを作り、電極から捉えた着用者の心臓や筋肉の電気信号を独自のアルゴリズムで分析し、心拍数や呼吸数、消費カロリー、ストレス値など、体の調子を表す情報に変換する端末です」と、福島工場長の小副川 博通さんが説明してくれる。

「衣類型端末なら、24時間、日中も眠っている間も計測することができます。当社はその製造だけでなく、取得した情報を、スマートフォンアプリを介してご本人や医療従事者、また職場の労務管理者などに知らせるという、一連のサービスを提供しています」

例えば、外で業務中のスタッフに熱中症の兆候がある場合、遠隔地にいる監督者にそのアラートが届き、状況を把握して休ませるなど、健康管理に役立つサービスを即時に具体的に行うことができる。

身に着けて生体情報を取得できるスマートウェア。スマートフォンで心電図や心拍数、呼吸数や加速度などをセルフチェックできる。写真は、小副川さんご自身の生体情報。歩数計の目標値は、1日10,000歩に設定されている

「毎日着てほしい」。だから着心地も妥協しない

ウェアラブルIoTソリューションの先進企業として注目されるミツフジが川俣町に進出したのは、2018年9月のこと。「世界で初めてのウェアラブル機器専用工場」として、工場を構えた。

「2019年2月からは、町と共に『毎日着用可能なウェア型IoT機器およびオンライン診療システムによる健康モニタリングサービスの開発』という3年間の実証事業にも取り組んでいます」。福島イノベーション・ コースト構想に採択されたこの事業は、3つのフェーズに分かれているという。

第1フェーズでは、まず川俣町の住民に、ミツフジの医療機器ブランド『Plum SENSE(プラムセンス)』のシャツ型端末を着て4週間ほど生活してもらい、生体情報を収集する。加えて、着心地の良さやスマートフォンの使い勝手などを、住民の意見を基に改良する。

小副川博通さん(ミツフジ株式会社 執行役員、医療プロジェクト部長 兼 福島工場長)

「行政や議会が声をかけてくださったこともあり、たくさんの町民の方々にご協力いただきました。2020年に1,000人分のデータが集まることを見越し、現在は実用化に向けて、集まったデータを有効に活用する方法を確立するための第2フェーズに入っています」

第2フェーズでは、医療や福祉の現場でこのシャツが実際にどう活用できるのかを検討する。「例えばストレスや脱水状態などの異変を検知したときにアドバイスを提供できるよう、ヘルスケアやメディカル企業とチームを組んで、『安心安全コンテンツ』を作ろうとしています」

実装されるアドバイスは、信頼に足るエビデンスに基づくものであることも特長の一つだ。実際に大学の研究者や医療関係者と連携するミツフジが提供する以上、医療レベルに基づく情報であることは当然だろう。

第3フェーズでは、「この一連のシステムによって住民が健康になり、医療費が削減できることを明らかにしたい」と語る。「行政が住民のデータを基に、必要な情報を提示したり医療機関や福祉施設につないだりする、「B(企業)toG(行政)toC(住民)」のビジネスモデルを確立させたい」と、小副川さんは先を見据える。

「糸の顔をした金属」として用途が広がったAGposs®(エージーポス)。ナイロンの表面に銀をめっきした繊維で、表面が全て「銀」で覆われている。従来の銀練り込み繊維やフィルム状の銀糸とは異なり、銀量が圧倒的に多く導電性に優れ、さらに糸の柔らかい風合いも残しているため、ウェアとして使用できる。また電磁波シールド、抗菌、防臭、保温、断熱、制電効果にも優れた高機能繊維だ

「繊維の町に恩返しをしたい」。
対話を重ね、住民との信頼関係を構築

では、そもそも京都に本社を置くミツフジが、研究開発拠点に福島県の川俣町を選んだのはなぜなのだろう。

「直接のきっかけは、2016年に福島県の企業立地補助金を知ったことです」。当時、ウェアラブル機器メーカーとして自社工場を持ちたいと、最適な場所を探していたところだったと小副川さんが話す。「当社のようなベンチャーにとっては、PDCAを高速に回すことが強みになります。外部委託すると開発スピードが落ちるし、技術の外部流出も懸念されます。私たちには、研究開発も製造も行える拠点が必要だったのです」

とはいえ、企業誘致、工場誘致は全国の自治体が促進している。単純に拠点を選ぶだけなら、「川俣町に来た理由にならない」とも添える。もう一つ、川俣町に決めた理由があるそうだ。

「実は弊社は1956年に西陣織の帯工場として始まった会社です。繊維業が衰退していくに伴い弊社も事業縮小を余儀なくされました。ウェアラブルIoTソリューションに業態転換したのは、つい5年前、現社長の三寺歩が就任してからです。川俣町も元は絹織物の日本三大産地の一つであり、同じ繊維業をルーツに持つ我々とのご縁を感じました。我々が進出することで、福島県の震災および産業復興の一助になることができれば、そして川俣町から世界へ新しい技術を発信していきたいと思ったのです」

カフェのような佇まいの工場玄関。カフェテリアスペースでは、地域住民を招いたイベントも実施しているという

だが、住民から工場の建設や実証事業への理解を得ることには、若干の時間を要した。しかし川俣町と議会が全面的にサポートしたこと、また住民との絆を深めたいと、ミツフジは何度も住民向けの説明会を開き、住民参加型のスポーツイベントを開催するなど、積極的にコミュニケーションを図った。

「分からないことや不安なことがあればすぐにお話しいただけるよう、町役場の隣の保健センター内に事務所を構えて、相談窓口を設けました。気づいたことはなんでも言ってくださいと、社員を常駐させました。そうすると、徐々に足を運んでくださるようになって、今では1日に十数人ほど立ち寄ってくださいます。茶飲み話をするなかで、シャツの着心地がどうだとか、スマホの操作が分かりにくいという貴重なご意見もいただきます。これを製品にフィードバックすることで、品質向上に役立てることができます」

狙い通り、PDCAサイクルをスピーディーに回すことができていると話す小副川さんは、「川俣町に恩返ししたい」と続ける。

「ウェアラブル機器を中心にしたこのサービスによって、住民が健康になり自治体が豊かになると分かったら、国内はもとより、世界に発信したい。結果として、『福島に来ると元気になる』というイメージが広がるのが最終目標です」

スマートウェアは工場内のホールガーメントで編まれる。無縫製で伸縮性も高く、ストレスのかからない着心地を追求している

ユーザーが間近にいる幸福な開発環境。
若いエンジニアこそ、川俣町へ!

小副川さんは大分県出身。東京の大学を卒業後、大手IT企業やベンチャー企業等でITソリューションを開発してきたという。前職は日本郵政。郵便局社員が高齢者の家を訪問し生活状況を報告する、郵便局の『みまもり訪問サービス』の事業開発も手掛けた。

「それから程なくしてミツフジのウェアラブル端末を知りました。これならもっと直接的に、高齢者の健康を見守ることができるし、リモート診断などの具体的な支援につなぐこともできる。可能性の大きさを感じ、2018年に入社しました」

同年9月の工場の竣工式で初めて福島の地を踏んだ。川俣町に来てまだ1年半だが、住み心地はよさそうだ。

「今は普段も町中でよく声をかけてくださいます。道を歩いていると“乗っていけ”と軽トラで送っていただくこともあります(笑)」

では、IT技術者という立場では、川俣町をどう見ている?
そう尋ねると、「技術者としてこんなに幸せな環境はない」と太鼓判を押す。

「ユーザーである住民と非常に近い場所で開発を進められることが、何よりもすばらしい。大企業では、ユーザーの声は営業部隊を通してしか技術者に伝わってこないことも少なくありません。この場合、何が問題なのか、本質的な課題を理解して対応するまでにすごく時間がかかってしまう。でもここは違います。エンドユーザーの反応を間近で見られ、インタラクティブに意見を交わし、改良した点をまたエンドユーザーが間近で喜んでくれる。こんな開発環境はそうはありません」

工場裏手の陸上トラック。スマートウェアとスポーツの親和性は高く、競技者の実測に利用するほか、普段はスタッフがランニングに利用しているという

また、川俣町の高齢化率の高さも「利点」として捉えているという。

「川俣町という小さな地方の町で医療費を削減できたら、超高齢社会に向かう日本の課題が凝集しているほかの多くの地域でも活用できると思います。ますます重要になる高齢者の健康や生きがいの創出といったテーマの研究フィールドに、非常に適していると考えています」

ミツフジは今後、この福島工場を拡大していき、川俣町と立命館大学との産学官連携で健康や食、スポーツなどで新産業創出に取り組む「福島イノベーションビレッジ構想」を2021年から始める。

「これからの社会に真に役立つ技術や手法を、ユーザーと一緒に作っていくという経験を通し、優秀な技術者が川俣町から世界に出ていく。そんな環境を作ることが、技術者としての私の仕事の集大成かな」。そう、小副川さんは笑顔で話す。

ユーザーに近い開発環境。「川俣から世界へ。健康づくりにチャレンジしたい」

ミツフジ株式会社

1956年、西陣織の帯工場として創業。90年代、日本の伝統的な織り技術と銀メッキ技術を融合し、高導電性繊維を新たに開発。現在、さらに最新のハードウェア技術・ICTとの融合を果たし、着るだけで高精度の生体情報を取得できるウェアラブルIoTソリューションhamon®(ハモン)を提供。人々の生体情報をモニタリングすることにより、世界中の顧客が抱える課題を解決し、社会課題の解決に挑む。福島工場は、2018年に本格稼働。コロナ禍では、医療用繊維を使用した高性能衛生マスクに加え、夏マスクも開発し、製造・販売中。