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未来テクノロジー

テクノロジーが拓く、豊かな未来。挑戦し続ける人と企業をクローズアップ

生体信号処理技術とロボット技術の融合により サイボーグ実用化の現実味を一気に加速

2021年03月18日

粕谷 昌宏さん

株式会社メルティンMMI 代表取締役

1988年生まれ。埼玉県入間市出身。早稲田大学理工学部機械工学科、同大学院を経て、電気通信大学大学院にて博士(工学)を取得。博士課程在学中に同期の關(せき)氏と共に創業。生体信号を利用した医療機器やアバターロボットなどの研究開発・事業化を通してサイボーグ技術の実現を目指す。人と機械が融合し、身体の限界から解放された世界の創出を展望する。

人の動作通りの動きを遠隔操作で再現するアバターロボット「MELTANT−α(メルタント・アルファ)」。人の筋肉と腱に似たワイヤー駆動の技術により、人間の手の動きそのままに動くロボットハンドは、なめらかさと繊細さ、そして力強さをもあわせ持つ。その様子は大きなインパクトをもって受け止められ、開発した株式会社メルティンMMI(以下MELTIN)は20億円を超える資金調達を行った。この先に一体どんな未来を描いているのか、社会的な注目を集める同社代表取締役の粕谷昌宏さんにうかがった。

独自の生体信号処理技術と
生体から着想を得たロボットハンド

人と機械の融合。身体の限界を突破するサイボーグ技術。まるでSFアニメそのままの世界が現実味を帯びている。そしてその技術開発の拠点が、ここ福島にあるという。

MELTINの事業の柱は2つ。独自の生体信号処理アルゴリズムと、生体から着想を得たロボット技術を生かして、医療機器事業とアバター事業を手掛けている。医療機器事業では大学などとリハビリ機器の臨床研究を実施。アバター事業では、危険な作業現場において遠隔操作が可能なアバター(自分自身のもう1つの体)のロボットを開発中だ。

「最も注力しているのは“手”です。5本指の器用かつパワフルな手。それが僕たちのコア技術です。従来の5本指のロボットハンドは、例えば力が出なかったり、力は出てもグーとパーしかできなかったりしましたが、僕たちのロボットはちゃんと5本指が独立して動いて、しかも人の手と同じサイズで、重い物でも持ち上げられる。僕たちが言うサイボーグ技術とは、人工的に体を構成する技術と、生体信号を読み解く技術の掛け合わせを指します」

サイボーグ事業として最初は義手の開発からスタートした。手を失った人のためにロボットアームの義手を作っていて、そこから現在の医療機器事業やアバター事業へと派生した。

実際の作業で求められるのは、「繊細」で「パワー」のあるロボットハンド。バランス良く両立させることが難しい要求を独自のワイヤー駆動技術でクリアした

人間の体が腱で骨と筋肉をつないでいるように、たくさんのワイヤーを使って腕の動作を制御する。同社のCTOである關達也氏は骨格や筋肉の付き方などの解剖学的な知識を持ち、そこに機械工学の知識も加えてアバターロボットは生み出される。

「今までも人型のロボットはたくさんあったけれど、エンターテインメント系が多かった。それって人みたいに動くことはできるけれど、人みたいに働くことはできなかった。器用な動きと力強さを両立しようとすると、ロボット工学の考え方ではできなくて、人間の体から学んだこととロボット技術を掛け合わせることによって初めて可能になるというか」

通常は電極を何十個も貼って数分かかる生体信号の処理も、同社のプログラム解析にかければ数個のセンサーだけでリアルタイムに情報を抽出できるという。

粕谷昌宏さん(株式会社メルティンMMI 代表取締役)。「生体的なアプローチでサイボーグの社会実装を目指しています」

医療機器およびアバターの社会実装を通して
サイボーグ技術の実現を目指すベンチャー

超高齢社会の問題、労働環境の問題、人手不足の問題。アバターはこれらの問題への対応策になり得る。遠くにいても、体が衰えてもアバターを使って作業ができる。さまざまな社会問題を解決できるだろうと粕谷さんは考えている。

「僕がもともと思っていたのは、人間ってすごく創造的な生き物だということ。クリエイティビティを100%発揮させたい、もっと創造性高く生きていきたいという欲求があるんです」

「一方で、人間が体に収まっていることでその創造性が頭打ちになってしまっている。いろいろなことをしたいのに、体によって制限されてしまっている。自分の創造性を最大化するために、自分の体を自由に選べたらいいのにな、と。そのためには人工的な体が必要になる。そして人工的に体を作るためにロボット工学を利用し、その機械の体と自分をつないでコントロールするための生体信号処理技術を開発する」

アバターを自分の体と全く変わらなく使えるようになり、自分の本当の体なのか、アバターとして活動しているのか区別がつかないくらいに“マージ(融合)”されてしまう。粕谷さんがイメージするのはそうした世界。「メルティン」という社名には、溶け合って融合するという意味が込められている。

「体の状態や年齢に縛られず、誰でもアバターが使えるところまで持っていき、最終的には生体信号、例えば脳波を使ってアバターを自分の体として動かせるようにしたい」

屋外で移動の実験。実際の作業現場を想定し、普通のタイヤの代わりにクローラータイプなどの移動機構を試す

原点は子ども時代から抱き続ける
フラストレーション

自分の創造性が身体の限界によって制限されてしまっている。粕谷さんは一体いつ頃からそんなことを考えるようになったのだろうか。

「『物理的な制約で思ったとおりのことができない』と思ったのは3歳くらいのとき。子どもなのでできないことが多い。でも、大人よりいろんなことを空想するんですよ。こんなことしたいとか、あんなもの作ってみたいとか。思っているのに、できない。それがすごく嫌だったんですよね。一方で大人って、力も知識もあるからいろんなことをできるわりに創造性が低いというか(笑)。なぜ人間はこうなんだというフラストレーションがずっとあって」

小さな頃はロボットが好きな男の子。小学5年生のときに手塚治虫の『ブラックジャック』にはまって医療に興味を持ち、工学と医療の一体化が鍵であると考えるようになる。将来はサイボーグ技術をやろうと思ったのは15歳の頃だった。

モニター上に映し出されたアバターの設計画面

粕谷さんが福島を拠点の1つに選んだ理由も、子どもの頃から抱き続けてきたフラストレーションと大きく関係しているという。

「僕自身が昔から福島に関わりがあって、といっても震災後からなんですけれども。震災直後に放射線とかいろんな不安な時期があったと思うんです。そのときに理系のつながりがあって、放射線や物理学の研究をしている方と一緒に、放射線に関して正しく理解するワークショップを福島で開いたりしていました。何かやりたい、普通に生活を送りたいと思っているのに、震災という不可抗力によってできなくなっている。もともと僕はそういう状況にフラストレーションがたまるんです。ならば、この福島の現状をサポートしたいという思いが強くなっていきました」

福島イノベーション・コースト構想に参加したのも、「福島ロボットテストフィールド」のような開発実証拠点や「南相馬市産業創造センター」のようなインキュベーション施設が整備されていて、実証と改良のサイクルをスピーディーに回せるメリットはもちろんある。しかしそれと同時に、廃炉作業という実際の現場が近くにあることが大きいという。

実用的なものを作るのであれば、それが使われる現場を見て、知らなければならない。廃炉に関わるナレッジが集まる場所が福島であり、ここで生まれるテクノロジーは廃炉以外にもさまざまなユースケースで必要とされ得る。粕谷さんはそのような意義を福島に見出している。

リアルとバーチャルが融合する
Society 5.0の近未来を見据えて

「Society 5.0」という概念をご存じだろうか。狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く新たな社会を指すものとされ、日本主導で提唱している未来社会のコンセプトだ。Society 5.0では、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)が実現するという。そして、それは決してSFの話ではなく、すでに現実として動き出している。MELTINを見ていると、それが実感として理解できる。

「今ってサイバーのものとフィジカルなものが、それぞれ存在するんですよね。アクセスはできるんだけど、完全にその中に融合する感じじゃない。その融合を果たした社会概念がSociety5.0」

「今まさに僕たちが言っているように、例えば生体信号によって自分をデジタル空間の中で本当の意味でマージできる。ロボットハンドというフィジカルなインターフェースを使ってサイバー空間からフィジカル空間に影響を与えることができる。その重要な根幹技術。サイバーとフィジカルの密結合。そういう大きな方針の中で僕たちの技術が注目されている」

最新型のアバターは実証実験モデルのMELTANT−β(メルタント・ベータ)。実際の現場の粉塵などに耐えられるシールドが施され実証実験が繰り返されている

同社は技術開発だけにとどまらず、社会実装にも力を入れる。サイボーグ技術に関するISO規格作りの提案活動もその1つ。このように本気で日本もしくは南相馬から世界の未来を形にしていこうとしているのだ。

「研究開発段階から出るために、実証実験をたくさん回して、本当に使えるものを一刻も早く世に出すのが目下の目標」と語る粕谷さん。そのためにも民間企業や医療機関との連携を広げ、気付くといつの間にか世界中に普及していたという未来像を描いている。

人の創造性が高まったとき、そこにはどんな未来が待っているのだろうか。粕谷さんの探求の旅は終わらない。

株式会社メルティンMMI

2013年7月創業。社名の由来は「Melt-In」、人と機械が融合することを表す。「MMI」は「人と機械をつなぐインタフェース」を意味する「Man Machine Interface」の頭文字。ロゴマークの三角形は、創造性を発揮する上で重要な「身体、精神、環境の三位一体」の思想を反映している。2020年7月「福島イノベーション・コースト構想」の重点分野に係る実用化開発に取り組む企業に採択された。