未来テクノロジー
テクノロジーが拓く、豊かな未来。挑戦し続ける人と企業をクローズアップ
川又 尋美さん
株式会社AIMS 代表取締役CEO
20代前半、在宅勤務の主婦を中心としたスタッフによる革新的な広告代理店Lindoors株式会社を立ち上げる。その後、幼児2人を連れ渡米。日米中台でグローバルに企業を経営しシリコンバレーのスタートアップと密接に関わる。帰国後、AIビジネスを立ち上げることに。Dell国際女性実業家会議日本代表。Google Japan女性就業支援のアドバイザーや日本最大級の生活週刊誌編集長を歴任。ソフトバンクアカデミアAI実業家群13期生
目に光を当て、瞳孔の反応を測定することで、自律神経のバランスやストレス度合いなど、心身の状態を可視化するー。オリジナルの電子瞳孔計と独自開発の人工知能(AI)による解析技術を組み合わせたサービスがもうすぐ本格リリースされる。その研究開発と製造、サポート拠点を福島県田村市に開設したAIMS(エイムス)の川又尋美代表取締役CEOに、サービス提供に至った経緯と、事業の展望、福島県への思いなどを聞いた。
―本格発売を控えた御社のサービス「AiLive(アイリヴ)」は、電子瞳孔計とAIを使ったデータ解析によって、心体のコンディションについて多くのことが分かるサービスだと聞きました。
川又:
AiLiveは、体に感じる痛みの強さを瞳孔から計測し、そのデータをAIが解析することで、ストレスやメンタルヘルスの状態が分かるサービスです。電子瞳孔計を目に装着して光を当て、瞳孔の拡縮運動を測定します。計測に必要な時間は約7秒間。光という刺激に対して自律神経である交感神経と副交感神経が交互に動く中で現れる波形をAIが解析し、痛みの種類のほか、興奮状態や情緒、ストレス、寝不足、緊張状態などの程度について分析し、測定した個人ごとの分析結果と解決策を提案します。
職場などでAiLiveをご利用いただくと、そのグループ全体の傾向が分かります。健康関連の啓発イベントやプログラムを導入する際などに、「御社は睡眠をテーマにしたイベントを実施するとよいですね」といったアドバイスもできます。
―瞳孔の反応で自律神経の状態を把握する方法は、以前から存在していたのですか。
川又:
はい。医学研究として多くの学術論文が発表されていて、「目に光を当て、7秒以内に瞳孔の直径がもとの大きさの63%まで戻ってこなければ、こういう傾向がある」といったコンセンサスも形成されています。
瞳孔の状態を計測することで、さまざまなことが分かります。ただ、一般の方向けには、専門的な数値を羅列するのではなく、自律神経機能の働きが何歳相当であるかという「瞳孔神経年齢」で現在の心身のコンディションを大づかみに認識していただき、他の分析結果とともに健康管理に役立てていただきます。自律神経の状態は、発病には至らないものの、健康な状態から離れつつある状態である「未病」における重要な判断材料の一つです。このたび、実証実験を経て量産機の生産体制が整いましたので、2024年6月から本格的な社会実装が始まります。
―今、「一般の方向けには」とおっしゃいました。専門家向けのサービスもあるのですか。
川又:
はい。AiLiveには、一般の方を対象としたヘルスケアモデル(「AiLive S」)と、医療現場で医師にお使いいただく医療モデル(「AiLive M」)の2種類があります。電子瞳孔計の基本的な構造は同じですが、医療用の機器は製品の品質管理がより厳格になっています。まずは一般医療機器としての販売から始め、将来は管理医療機器として、AiLiveの機器で測定をすることによって診療報酬の点数が付くようにしたいと思っています。医療機器としての製造や販売に必要な許認可も福島支店で取得しています。
―医療現場ではどのように使われるのでしょうか。
川又:
既に福島県立医科大学を含め、いくつかの大学で研究が始まっています。福島県外では、例えば、長崎大学医学部で舌痛患者の痛みに関する臨床研究が行われています。麻酔をしても痛みが緩和されない場合、メンタルが関係していることが多いと言われています。瞳孔の状態で痛みの強さを可視化し、他の治療・処方などと併用する形で研究が進んでいます。
このほか、現在、麻酔が切れたかどうかは、複数の医師が患者の状態を見て判断していますが、電子瞳孔計を使えば、瞳孔の状態で客観的に把握できるのではないかと期待されています。アスリートの怪我のリハビリテーションでの活用も見込まれています。
―既存の医療機器ではそれらの測定が難しかったということなのでしょうか。
川又:
これまで瞳孔の対光反射を測定するためには、専用の電子瞳孔計を用いる必要がありました。1台およそ1000万円と高額ですので、利用可能な医療現場が限られていました。
当社は、多くの方に使っていただけるよう、ハード価格の抑制に取り組みました。汎用的なカメラレンズを光学部品に使うなどの工夫で製造コストを抑えた電子瞳孔計を作り、独自のAI技術を用いて、測定したデータの解析精度を高める、というアプローチです。より多くの臨床現場で活用されるようになると、より広範に大量のデータが蓄積され、痛みやストレスなどに関する研究に生かされるはずです。
親への思いと実業家としての競争心で生まれた「未病×AI」の事業
―創業の経緯をお教えください。なぜAiLiveのサービスを立ち上げようと考えたのですか。
川又:
2つの流れがあります。私は2011年に父を肺がんで亡くしました。健康診断を毎年受診していたのに、罹患が分かった時点で、余命宣告を受ける状態でした。病気に気づけなかったことにショックを受け、自分の健康状態を可視化し、把握する手段が不足していることに対して憤りに近い感情が湧いてきました。
その思いが、数年前、ビジネスと重なりました。プロモーション支援企業を経営していた私は、日本企業の海外プロモーション支援などをするため、米国で会社を起こしました。グローバルにビジネスをするうちに、「どうしたらグローバルで戦えるユニコーン(企業価値評価額が10億ドル以上ある、創業10年以内の未上場企業)を日本から出せるのか」との課題認識が芽生えました。日本が勝てそうな領域として考えたのが、フィンテックとAIと人工衛星です。これらの候補と、自分の健康状態を可視化する手段がなかったことへの悔しさとがつながり、AIを活用した未病研究に照準を定めました。
未病は日本が世界でも研究が先行している領域です。その主要な研究分野である瞳孔に着目した手法について、より手軽に測定ができる環境を提供して圧倒的な量と質のデータを集め、AIで解析すれば、多くの人の健康状態の改善に役立つだけでなく、ビジネスとしても世界で勝てると考えました。私自身、起業前にマイクロソフトのアプリ開発コンテストで入賞した経験がありますので、AIを含むITは得意な領域です。
「MADE IN JAPAN」のソフトパワーが強みになる
―AiLiveのサービスを海外でも展開するのでしょうか。
川又:
はい。例えば、中国では、大人からの過剰な期待にプレッシャーを感じた子どもの自殺が社会問題になっています。こうした教育の現場で、子どものメンタル状態を把握するための検討が始まっています。また、漢方が効いたかどうかをbefore-afterで検証することにも使われそうです。
未病の新たな医療システムやソリューションは、未病研究が進んでいる日本にしかできないことであり、日本が押さえるべき市場です。「MADE IN JAPAN」の信用は、ものづくりに固有の評価ではありません。日本で解析をすることに対して、信用があるのです。中国とインド、アフリカ、つまり中間所得層が多く、今後もその層の拡大が見込める地域での展開を計画しています。向こう2年間で電子瞳孔計5万台を製造し、300万のデータセット(データの集合体)取得を目指します。
―後発企業に真似をされるリスクはないのでしょうか。
川又:
競争戦略上の差別化要因は、ビッグデータとなる情報の量と質です。当社は未病研究が進んでいる日本で学術研究に基づくノウハウを蓄積し、13項目の測定方法を作り上げ、既に実証実験で3万件のデータを収集・解析しています。この時点で瞳孔の領域では圧倒的な世界ナンバーワンです。データは社内で解析しますので、解析ノウハウの流出リスクは限りなく低いと思います。
コワーキングスペースから始まった田村市での活動
―御社は東京に本社がありますが、2021年、福島県田村市に福島支店を設立して福島での活動を始め、2023年4月に開発・製造・サポートの拠点となる「田村未来Medical Promotion Center(田村MPC)」を開設しました。
川又:
これまで多くの災害が起きていますが、メンタルの健康被害について調査が行われ、ケアが実践されてきた例はほとんどありません。その点、福島県では、東日本大震災の発災直後から、住民の健康影響を調査し、ケアにつなげる「県民健康調査」が行われています。メンタルに関しては、震災による直接的な健康影響よりも、他人との関係性の希薄化に悩まされる方が多いことなどが分かっています。
日本では今後、地域の過疎化や高齢化に伴うコミュニティの変化、あるいは新型コロナウイルス感染症のような感染症によって心身に不調を来す方々が増えてくるとみられています。そのような局面で福島の経験が必ず役に立ちます。福島県は、社会課題がいち早く顕在化した未病課題先進地域と呼ぶこともできます。そこにAiLiveのサービスなどがお役に立てると考えました。
―福島での拠点を田村市に決めた理由をお教えください。
川又:
機器の輸出を考えると、田村市は東北自動車道や常磐自動車道へのアクセスが良く、福島空港に近い点が魅力です。また、被災した地域を回り、皆さまのお話をうかがうなかで、子どもを産み、育てながら女性が働ける職場が少ないと感じました。復興に必要なコミュニティ作りの主役は女性であり、若者であるはずです。兼業農家が多い田村市で、子育てをしている女性が働く場を農業以外にも提供したいとの思いを持ちました。
当社の田村市での活動は、田村MPCとは別の場所にある、市内のコワーキングスペース「テラス石森」から始まっています。そこで地域のことを知り、地元の方々とつながりました。2023年4月に開設した田村MPCは、工場だった場所で、土地と建物を譲っていただいた地主さんは、ご夫妻で民宿を経営しています。私にとっては福島のお父さん、お母さんのような存在で、田村市に来ると、今でもそこに泊まり、地元の方からさまざまな思い出話などをうかがっています。
私たちは新参者ですが、ただ来て建物を作るのではなく、地域とご縁でつながり、歴史と思い入れを受け継ぐ立場にあります。田村MPCは地元の方々に開かれた施設にしたいと考えていますし、テナントとして入居いただける部屋も3つ作っています。
JAPANブランドの医療・ヘルスケアサービスを世界に
―御社のAiLiveサービスの開発については、2021(令和3)年度から3年間、福島県の「地域復興実用化開発等促進事業費補助金」の事業として採択されていますね。
川又:
AiLiveの機器開発と実証実験などの研究に補助金をいただいています。実用化段階で多くの資金サポートが受けられるベンチャー向けの仕組みは貴重で、大変助かりました。福島県や田村市と連動した、福島イノベ機構による支援も助かっています。
―どのような点がお役に立っているのでしょうか。
川又:
福島イノベ機構は、ベンチャーに必要な支援を熟知しているだけでなく、福島に根を張っていくためには何が必要かも知っておられます。物事を慎重に進める土地柄である福島で、事業立ち上げの水先案内をしていただいています。求人の出し方のアドバイスに始まり、田村MPCの土地をお譲りいただく際にもサポートをいただきました。地元の方々に当社の活動を伝え、安心していただくために欠かせない情報発信の機会も作っていただきました。ベンチャーである当社には特許出願の専門チームはありませんので、知財の支援も大変助かっています。補助金だけでなく、実用化に至る、あらゆる支援が受けられるのは、幸運だったと思います。
―あえてお尋ねします。グローバル展開を考えていて、その勝ち筋まで見えているとすると、投資家などから資金を調達して、事業を一気に立ち上げる選択肢もあったのではないでしょうか。
川又:
これまでも似たような質問を受けることがありました。でも、地域に根ざして取り組むことが非常に大切です。医療も未病も、地域の方々との連携をおろそかにすると、機器やサービスが実際に使われる現場を見なくなり、自分たちだけの常識や情報だけで開発を進めた、誰にも使ってもらえないシステムができあがります。福島で展示会に出展させてもらうと、住民の方々から「これは面白い」「これが足りない」というお声をいただきます。この1次情報がすごく大事です。
例えば、AiLiveの本体には専用バッテリーも乾電池も入っていません。パソコンから電力を供給し、測定結果は有線で送ります。バッテリーで電源を供給すると、充電が切れているだけで「壊れている」と連絡が入ることがあるのです。福島での実証実験でユーザーの方々の反応を見てハードの試作を重ね、「スイッチをつなげて電源ボタンを押し、本体の丸い枠を見てください」と伝えるだけで操作できるようにしました。ITや機械に詳しくない人も間違いなく使えるシンプルな操作性は、海外普及の際にも強みとなります。
2027年には田村MPCのすぐ近くに、田村市で初めての総合病院が開業する予定です。医療で人が集まる場所には未病の情報も集まります。地域の方々の健康増進に貢献しながら、福島からJAPANブランドの医療・ヘルスケアサービスを世界に届けたいと考えています。
株式会社AIMS
2019年7月創業。本社は東京都中央区。2021年4月、福島県田村市に福島支店を設立。2023年4月、「田村未来 Medical Promotion Center」開設。AiLiveサービスを基幹とするAI開発事業のほか、アプリケーション開発事業、教育事業を展開している。社員数約20人。AIMSの社名には、AI Micros(AIの粒子たち)との意味があるという