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声でリスクは予測できる!田村市発「音声で心の状態を可視化」する技術が拓くウェルビーイングな未来とは
──リスク計測テクノロジーズ・岡崎貫治氏×SHIN4NY・工藤ルカ氏インタビュー

2025年11月28日

岡崎 貫治さん

リスク計測テクノロジーズ株式会社
代表取締役
SHIN4NY株式会社
CFO兼エンジニア

金融機関を経て、信用リスクデータベース機関でデータ分析に従事。その後、大手監査法人でリスク管理や金融規制に関する助言業務を担当。2013年から2016年まで、金融庁で銀行資本規制の国際交渉等を担当。2019年にリスク計測テクノロジーズ株式会社を設立。2022年にSHIN4NY株式会社を共同創業し、AIやシステム開発を担当。現在、埼玉大学大学院理工学研究科(ヒューマンインターフェイス研究室)で音声解析に関するAI研究にも従事。

工藤 ルカさん

SHIN4NY株式会社
代表取締役 CEO

海運会社や外資商社で営業に従事後、2020年から2024年まで神奈川県のベンチャー支援拠点「SHINみなとみらい」でコミュニティ立ち上げ・運営を担当。2022年にSHIN4NY株式会社を創業し、「ワクワクテック」を掲げ、発話音声から感情を見える化するシステムや人体発出電波の計測システムを開発中。また、静岡県三島市の「LtG Startup Studio」においてもコミュニティ運営に従事する他、2025年からは静岡市の地域活性化起業人も務めている。

福島県田村市に研究拠点を設けて活動する、リスク計測テクノロジーズ。金融リスクの専門家として歩んできた岡崎貫治氏が「人に関わるリスクの可視化」に挑むために立ち上げたベンチャーだ。工藤ルカ氏らとともに設立した新会社「SHIN4NY(シンフォニー)」と連携しながら、技術の研究開発を進めている。そのひとつ、「音声から心の状態(心理的ストレス等)を測る技術」は、福島県から補助金の支援を受け、田村市での実証実験を重ねながら、進化を遂げている。イノベ地域(※福島県浜通り地域等15市町村のこと)の復興を支える力となり、新しい産業の可能性を広げる両社の取り組みを聞いた。

創業のきっかけとなった「人に起因するリスクを可視化したい」という想い

―リスク計測テクノロジーズ(以下、RimTech)設立の背景を教えてください。

岡崎:
当社はその名の通り、リスクを計測し、可視化する会社です。私は元々、金融機関でデータ分析に従事しており、その中でも信用リスクやオペレーションリスクといった金融におけるリスクマネジメントを専門としてきました。リスクに着目する中で、たとえばストレスで離職するといった❝人❞に関するリスクを減らしたい、と考えるようになり、人の心理を見える化することでリスク管理できないか、と2019年10月にリスク計測テクノロジーズクノロジーズ株式会社(RimTech)を設立しました。

―金融機関におけるリスク管理のご経歴があったのですね。RimTech設立3年後の2022年には工藤さんとSHIN4NYを立ち上げられています。RimTechとはどういった関係があるのでしょうか。

岡崎:
RimTechは、福島県田村市に研究拠点を構え、音声解析の研究を進めながら実用化を目指しています。しかし、技術を作っただけでは「実際に世の中で使えるカタチ」になるまで少なからず距離があります。技術と社会の接点を作り、実用化への重要な役割を担うのが、SHIN4NYです。

工藤:
SHIN4NYは、岡崎さんともう一人の技術系起業家と私とが共同で設立した会社です。二人の技術と私のアイデアを組み合わせれば新しい価値が生みだせると考え、立ち上げました。

福島・田村市に根を下ろす、新しい研究拠点

―研究拠点として田村市を選んだ理由をお聞かせください。

岡崎:
福島には、以前の仕事でも関わりがあり、全く土地勘や知見がなかったわけではありません。ただ、実際に拠点を持とうと考えたきっかけは、2024年に双葉町を訪れたことです。震災から10年以上が経ちましたが、復興途上の厳しい状況にあり、事業者として事業を起こすことで、経済活動や雇用創出で貢献したいとの思いから拠点を置く決断をしました。田村市に先行して進出した先輩起業家から「福島は研究開発に最適な環境だ」と背中を押されたことも決断に至った要因の一つです。

工藤:
2021年11月に、世界経済フォーラム(ダボス会議)が組織するGlobal Shapers Communityのメンバーで避難指示解除前の双葉町を訪れ、人のいない街並みに衝撃を受けました。「経済活動をして人を呼ぶことが復興の力になるのではないか」。そう強く感じました。ただしSHIN4NYは、歴史の浅いベンチャーです。土地との縁もなく、進出を慎重に模索しました。その中で、RimTechが先行して現地に根を張っていたことは、イノベ地域との実務的な接点を築くうえで、大きな支えになりました。

―研究拠点としての「田村市」にどのような印象をお持ちですか。

岡崎:
❝オール田村❞で研究開発を後押ししていただいています。
進出初年度は、誰にどう事業を説明すればいいのか、手探りの状態でした。そこで田村市役所に相談したところ、実証実験について説明の場を設けてくださり、「データ収集も是非うちでやりましょう」と、職員の方々の音声データも集めさせていただきました。入居しているテラス石森もすぐに進出を受け入れてくださり、さらには地元の銀行も、取引や資金調達の相談に丁寧に応じてくださいました。

工藤:
初めて田村市を訪れたとき、山々に囲まれた静かな環境に強く惹かれました。起業家として、日々決断の連続で、精神的に負荷がかかる場面も多いのですが、ここでは気持ちを落ち着けて事業に向き合えています。また、テラス石森は廃校となった小学校(旧石森小学校)を活用しているのが魅力的です。教室や保健室、体育館などの面影に温かみを感じながら仕事ができます。

リスク計測テクノロジーズ株式会社 代表取締役 岡崎 貫治 氏(写真右)
SHIN4NY株式会社 代表取締役 CEO 工藤 ルカ 氏(写真左)

音声で心理を測る「Heart Voice」と眠気を察知する「Sleepy Meter」

―RimTechとSHIN4NYの代表的プロダクトに「Heart Voice」と「Sleepy Meter」があります。まず「Heart Voice」について教えてください。

岡崎:
「Heart Voice」は、「人の声の特性を分析し、心の状態を数値化し、感情を可視化する」システムです。人間の声は複数の周波数帯で構成され、心理状態によって帯域の強弱が変化します。その変化を捉えて喜び・怒り・悲しみといった感情を推定します。
近年、カメラやウェアラブルデバイスを用いて人を観察し、心理状態を計測するものは多くありますが、「音声」にはスマートフォン等を通じて低コストかつ客観的に多くのデータを集められるという利点があります。

「Heart Voice」のスマートフォンでの画面イメージ。スマートフォンやタブレットに対応しており、いつでも、どこでもセルフチェックが可能だ。

「Heart Voice」で計測した「バイタリティ値」の結果。低ストレス状態にあるときは、「バイタリティ値」の上下の変動幅が大きい。逆に、高ストレス状態にあるときは、「バイタリティ値」の変動幅が小さくなる傾向がある。

―「Sleepy Meter」はどのようなシステムですか。

岡崎:
「Sleepy Meter」は、AIが声をもとに「眠気度合い」を分析し、「2時間以内」「4時間以内」の眠気リスクを推定するシステムです。長距離ドライバーの安全確保などに活用できます。
「眠気」は個人差が大きく、アンケートなどで「眠気の度合い」を比較することは困難です。私たちは、大学の先生をはじめとして、さまざまな専門家に相談を重ね、❝声❞から心拍数の低下を予測する方法を確立しました。心拍数が下がると副交感神経が優位になり、眠気を感じやすくなる仕組みを応用して、将来の眠気度合いを推定しています。

工藤:
2024年には首都高速道路株式会社による「首都高 Open Innovation Challenge 2024」に採択され、2025年3月には、横浜市の首都高・大黒パーキングエリアでドライバーの眠気を推定する実証実験を行いました。

「Sleepy Meter」に用いられている❝声から未来の眠気度合いを推定する❞というアプローチは、他に類を見ない独自の音声解析AIで、世界初の技術だ。国際学会で研究成果として発表されており、現在、特許出願も行われている。

―開発で苦労されたことや工夫された点は。

岡崎:
「Heart Voice」は心理的ストレスを早期に把握し不調を防ぐもので、「Sleepy Meter」は眠気を検知して安全意識の向上につなげるもの。ともに人に関するリスクを把握・計測することを目的としたものです。ただ、それを前面に出しすぎると「リスク管理」という枠組みだけが先行して、難解なものだと敬遠されてしまう懸念がありました。より多くの方に受け入れてもらうための工夫が必要でした。

工藤:
技術的に自信があっても、世の中に伝わらなければ意味がありません。どうしたら多くの人に伝わって、寄り添ったシステムになるか。まずは、ユーザーが仕組みを理解し、推定結果に納得感を感じられることが重要だと考えました。AIが出した答えを、人々にどうメッセージとして届けるか。私自身が監修として携わり、人の手でAIをチューニングしています。

―他社のサービスとの違いはどこにありますか。

岡崎:
まず、データ量が圧倒的に違います。RimTech単体の研究開発データに加え、SHIN4NYのプロダクトを通じて収集した推定結果は、累計100万件を超えています。
さらに「ノイズ処理」技術においても高い優位性があると考えています。多種多様な現場で使用していただき、そのフィードバックをもとにRimTechで、必要な音まで消してしまわないよう調整する研究を行っています。こうした基礎研究が精度向上につながっています。
そしてなにより、❝現場投入❞が強みですね。現場に近しいSHIN4NYと協働し、様々な環境に投入することで、多様なユーザーが本当に望むプロダクトに近づけています。

工藤:
実際にSHIN4NYのプロダクトを利用いただく場面は多様です。たとえばバイクレースのサーキットでは、100デシベルに近い騒音の中でレーサーの声を収録しました。過酷な環境でも実験を重ねることで、ノイズ処理技術が磨かれ、幅広いユースケースに対応できる柔軟性を獲得しています。

「Heart Voice」と「Sleepy Meter」のタブレットでのデモ画面の様子。

補助金採択で加速する研究と、イノベ地域への貢献

―2024年度より福島県の「地域復興実用化開発等促進事業費補助金」で、RimTechの事業が採択されています。

岡崎:
採択された計画は「音声による心理的ストレスチェックに関するAI及び関連電子機器の開発・研究」で、引き続き、声から心理的ストレスを検知する技術開発を進めています。その中のコア技術のひとつが、「リラックスしていない声」を予測するもので、今年度はその確立に向けてデータ収集を進めています。
田村市には、日本有数の鍾乳洞・あぶくま洞をはじめ、リラックスできるスポットが多数存在します。2024年のパイロット調査では、そうした場所で収集した声は、他の場所に比べてリラックス度が高い傾向が見られることが分かりました。その知見を応用し、逆に「リラックスできていない声」を判定する研究に取り組んでいます。
また、高齢者の声からフレイル(※心身が老い衰えた状態のこと)を予測し、さらにそのフレイルから認知機能の状態を予測する試みを国立研究開発法人・国立長寿医療研究センターとの共同研究で進めています。さらに、音声解析精度の向上や研究成果の国内外での発表を、埼玉大学大学院理工学研究科との共同研究を通じて進めています。
こうした技術はあくまで基礎的なものなので、引き続きSHIN4NYと連携し、工藤さんの社会課題への視点を取り込みながら、実用化を目指していきます。

―進めている事業で、イノベ地域にどのように貢献できるとお考えですか。

岡崎:
まずは、開発している技術がさまざまなプロダクトに実装されることで、地域の方々の暮らしに役立ち、生活の質を少しでも高めることになると信じています。そしてもうひとつは、事業を営むことそのものです。田村市に拠点を構え、地域経済に関わること自体が、復興の力になると考えています。
そして、少しでも事業を拡大し、雇用を生み出すことで貢献したいです。私たちの仕事はパソコンさえあればどこでもできますが、取り組むべき課題がなければ始まりません。ありがたいことに今年から、田村市の地域の方々にも業務に加わっていただけるようになりました。

共創で広げる福島発のウェルビーイングな未来

―福島イノベーション・コースト構想推進機構(以下、福島イノベ機構)からはどのような支援を受けてきましたか。

岡崎:
まず進出した2024年度には、研究をどう実用化してビジネスにつなげるか、多くのアドバイスをいただきました。研究開発に集中しすぎるとどうしても実用化が後回しになる場面があるのですが、常に助言していただけたのは心強かったです。
また、知財戦略のサポートも大きな支えでした。生まれた技術をどう特許申請するのか、手続きに手厚くご対応いただきました。

―今後の展望をお聞かせください。

岡崎:
まずは福島での研究開発を着実に進めることが第一です。これだけデータを収集して研究できる機会は、当社にとってまたとないチャンスです。
並行して、研究成果を積極的に学会などで対外発信し、RimTechの技術力の認知拡大と第三者からのフィードバックを踏まえて信頼性獲得に努めようと考えています。
その上で製品化に進む際は、SHIN4NYとの協働をより強め、さらに多くの人に届けていきたいですね。

―イノベ地域等の他の事業者とのパートナーシップについてはいかがですか。

岡崎:
同じく田村市で事業を展開するMecara(メカラ)は、瞳孔反応から心身状態を可視化する技術を開発しています。当社の音声解析と組み合わせれば、より精度の高いシステムが実現できると考えています。
また、浜通りで活躍するドローン開発企業との連携にも可能性を感じています。たとえばドローンにマイクを取り付け、人の集まるイベント会場で飛ばし、群衆の声を収集することで、過密のリスクを把握できれば、群集事故を防ぐ新しい手段につながるのではないかと考えています。
さらに、将来的には、宇宙関連企業との協業もあり得ると考えています。宇宙開発は、過酷な環境での作業が求められます。作業時の通信音声を分析し、心理的・身体的ストレスを把握できれば、リスク管理の精度を高めることに貢献できます。

―最後に福島イノベ機構に期待することを教えてください。

岡崎:
合同のメディア発表会や企業同士のマッチングなど、さまざまな事業者とつながりを作り、情報発信する機会をさらに広げていただければありがたいです。また、特許や商標を含む知財支援も引き続き期待しています。

工藤:
SHIN4NYは新参者ですが、地域や自治体、先行する事業者の方々との関係構築を進めるうえでのサポートを引き続きお願いできると嬉しいです。

(取材日:2025年8月29日)

リスク計測テクノロジーズ株式会社

2019年10月設立。データ分析とリスクモデリングでリスク事象の発生を確率的に予測する。福島県田村市に研究拠点を設立し、音声解析技術に関する基礎研究を推進。リスクアドバイザリー、リスク管理クラウド、AI開発などのサービスを展開する。

福島イノベーション・コースト構想推進機構による支援:
2024年度、2025年度福島県「地域復興実用化開発等促進事業費補助金」採択(事業計画名:音声による心理的ストレスチェックに関するAI及び関連電子機器の開発・研究)

SHIN4NY株式会社

2022年12月設立。神奈川県小田原市および栃木県宇都宮市を拠点に❝ワクワクテック❞を掲げ、データや科学技術の力を使って、ヒトに優しく、ワクワクする世界をつくる。主な事業にヒューマン・センシングデータ分析事業やコミュニティ運営事業、「リスキリング・サポート事業」がある。

福島イノベーション・コースト構想推進機構による支援:
2025年度「イノベーション創出プラットフォーム事業(Fukushima Tech Create)」ビジネスアイデア事業化プログラム採択(事業名:感情推定AIによる鳥獣被害の予兆監視と忌避音声システムの開発)

研究拠点を構える田村市のテラス石森にて

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