シェアする

  • LINE
  • Twitter
  • Facebook

サステナビリティ

人も社会も環境も――。ソーシャルグッドな成長を目指す「挑戦者たち」の思考と実践

防災・減災を文化に。「産業化」に向けて、進化する防災テック
―今村文彦氏インタビュー

2023年02月13日

今村 文彦さん

東北大学 災害科学国際研究所(IRIDeS)所長

1961年、山梨県生まれ。東北大学大学院工学研究科博士後期課程修了。同大学院附属災害制御研究センター助教授、2000年に同教授を経て、2014年より現職。主な専門分野は、津波工学(津波防災・減災技術開発)、自然災害科学。一般財団法人3.11伝承ロード推進機構代表理事。

東日本大震災以降、目覚ましい発展を遂げている「防災テック」。引き続き日本が世界をリードし、貢献していくためには、「防災・減災の“産業化”が欠かせない」と、東北大学災害科学国際研究所・所長の今村文彦教授は語る。過去に類のない広域・複合災害を経て勃興する福島発の防災テックと、防災・減災の産業化への期待と課題を聞いた。

東日本大震災を機に活発化する「防災テック」

―東日本大震災の発災から間もなく12年が経とうとしています。震災以降に発展を遂げている日本の「防災テック」をどのように見ていらっしゃいますか。

今村:
東日本大震災の発災で私たちは、地震・津波の発生や地盤の液状化だけではなく、多くの火災や深刻な原発事故の発生など広域にわたる複合災害を経験しました。時々刻々と変わる被害状況の把握さえも困難な状況に陥りました。今後、3.11のような激甚化する自然災害に対して、いったい何ができるのか。ここから、発生を予測する技術や災害時の情報通信、被災者への迅速な生活支援などの多岐にわたる防災課題を、「復興知」、さらには総合知を反映させたテクノロジーで解決する(=防災テック)という動きが始まりました。

とりわけ私が注目するものの一つが、災害時の現状を素早く的確に把握する「目」の働きを代替し、拡張するテクノロジーです。実際に、人工衛星や航空機、ドローンなどさまざまな「目」を使って情報収集する防災テックが開発されています。

先生が基調講演されたシンポジウム(福島イノベーション・コースト構想推進機構が主催、2022年12月10日)では、福島県に馴染みのある企業の「テラ・ラボ」や「ふたば」が、ドローンや測量技術について発表していました。

今村:
非常に頼もしい発表でしたね。テラ・ラボは、東北の地に拠点をつくり、ドローンという先端技術を用いて防災活動に効果的に貢献していて、大きな感銘を受けました。テクノロジーを社会実装するには、オペレーションを滞りなく実施しなければなりません。つまり、スムーズな運用を司る「拠点」が重要となるわけですが、テラ・ラボは福島を拠点にすでにそれを実現しておられた。災害時の意思決定を支援する「災害対策(情報)オペレーション」として、一つの理想形を提示していると言えます。

ふたばは、地元の測量企業から始まり、着実に業容を拡大していらっしゃいました。持てる技術を応用して適用範囲を広げつつ、同時に地域のさまざまな課題解決に最前線で貢献する――砂防ダムを建設するための調査や、既存の法面内部の空洞調査にドローンテクノロジーを使ったり、レーザースキャナを使って果樹の成長調査などの農業関連事業を手がけられたりしていて、「復興」を目指す地域のニーズにきめ細かく応えているという印象を持ちました。


―テラ・ラボは、福島ロボットテストフィールドを拠点に研究開発を続けています。防災テックをはじめ、テクノロジーを社会実装するためには、こうした技術検証のフィールドが欠かせません。

今村:
まさにその通りで、災害は「現場」で起きるわけです。実験室レベルでの開発・検証だけでは社会実装まで到底たどり着けませんから、私も福島ロボットテストフィールドには大きな期待を寄せています。災害対応を期待されるドローンを検証できる「無人航空機エリア」のほかにも、ロボットによる陸上・水中のインフラ点検と災害対応の技術実証の場となる「インフラ点検・災害対応エリア」「水中・水上ロボットエリア」といった国内唯一の試験場が設置されていて、日本の防災テックにとって、非常に意義がある施設だと考えています。

実は、福島イノベーション・コースト構想推進機構(福島イノベ機構)で理事を務める本学の田所諭教授(情報科学研究科/タフ・サイバーフィジカルAI研究センター)と、3.11以前に「レスキューロボット」について議論したことがありました。当時のアメリカには、すでに現在の福島ロボットテストフィールドのような実証フィールドがあって、アメリカにおける防災技術の研究・開発に欠かせない役割を果たしており、「わが国にも同様の施設が不可欠」と指摘されていました。

我々も「こうした場をぜひ日本に」と願ってはいたものの、一方で「実現可能性は高くはないもの」と見ていたのですが……それが、3.11で広域・複合災害という非常に厳しい経験を踏まえての所産とはいえ、想いを巡らせていたフィールドが日本に、しかも福島に具体化したことをとてもポジティブに捉えています。

株式会社テラ・ラボは、「ロボットのまち南相馬」で災害支援を主題とした研究開発を進めながら、雇用創出と産業振興を目指している。研究開発拠点は、福島ロボットテストフィールドに隣接している

株式会社ふたばは、富岡本社(福島県双葉郡富岡町曲田55番地)を拠点に、復興を目指す地域の幅広いニーズに応えている。イラストは、ドローンを活用した放射線量測定状況のイメージ

望まれる、防災の産業化。産学官が連携し、「防災ISO」に活路を

―ドローンをはじめとする防災テックへの期待が高まる一方で、日本の「防災産業」は端緒についたばかりといった印象です。

今村:
日本が防災テック領域で世界をリードする存在――これは間違いありません。でも残念ながら、「産業化」には至っていないのが実情です。最大の課題は、マネタイズ。端的にいえば、儲かりにくい構造にあります。たとえば防災関連製品。いかに優れて役立つ製品とはいえ、いわゆるオーダーメイド品が多く、量産しづらい。また日本は災害多発国といわれますが、毎日、そこかしこで大きな災害が発生しているわけではありません。つまり、防災グッズの使用機会はどうしても限られてしまいます。

そこで私たちが推進しているのが、防災関連技術の「標準化」です。防災・減災に取り組む上でのモノサシ(基準)を規定することで、標準化・汎用化・規格化を推進、新しい防災産業(価値)の創出を目指しています。


―国際標準化機構に提案している「防災ISO」の取り組みですね。2023年度中の発行を目指していると伺いました。

今村:
はい、国際標準化(防災ISO)の取り組みを始めて間もなく3年です。当初は、国際的な防災の枠組みである「仙台防災枠組」を意識して早期の発行を目指していましたが、思いの外、世界各国からの関心や反響も大きいものでした。そこで、一足飛びに指標をつくるのではなく、まずは防災・減災の実情を把握して課題を俎上に載せることからスタートすることになり、2年半もの時間をかけて「テクニカル・レポート」にまとめました。

レポートで明らかにした、重要な論点は2つ。一つが、「復興(Build Back Better)」の視点です。各国とも、医療をはじめとする発災時の緊急対応方針は整っていたものの、目線はあくまでも「復旧」、元に戻すという意識にとどまっていました。

もう一つは、「投資」の視点。リスクが顕在化しているにもかかわらず、事前のインフラ整備や高度技術の導入によって、当該リスクの発生や災害そのものの発生を極小化する「事前投資」の視点が抜けがちな点も明らかになりました。

復旧からその先へ――「元に戻す」のではなく、元よりも良い状態に向けて社会を構築していくこと。そして事前投資の観点では、日本には地震保険や水害保険といったリスクファイナンス面での具体的な先行事例があるので、国際標準規格の一つとして提案しています。3.11を経験したわが国だからこその防災思想やテクノロジー、体制づくりなどを世界に向けて発信していきたいと考えています。


―「産業化」を推進する上で、防災ISOによる「標準化」はインパクトが大きそうです。

今村:
私たちは、防災ISOの活動を通じて、日本の防災技術を海外にもっと輸出していきたいと考えています。それを後押しするのが、「標準化」です。というのも、わが国の防災・減災製品やシステムは非常に優れている半面、手の届きやすい価格ではありません。また、評価基準や汎用化という点でも課題があります。海外のユーザーにその価格の妥当性を理解していただき、さらに購入してもらうためには、客観的な指標でもって性能を表し、優れた性能を科学的に示さなければなりません。

「防災テックをリードする日本」の座に安住するのではなく、引き続き世界で戦う企業を支援し、競争優位に立てる外的環境を整える意味でも、防災ISOの活動は重要です。世界は、すでに防災ISOに強い関心を持ち始めており、動き出すと本当に速いですから、わが国の取組も確実かつ迅速に行っていきたいと思います。


―防災産業の育成という観点では、先生は「仙台BOSAI-TECHイノベーションプラットフォーム」の立ち上げに携わっていらっしゃいます。

今村:
プラットフォームは、新たな産業を創出するために欠かせない「マッチング」の場として機能しています。防災を産業化するためには、産学官の連携が不可欠です。行政は、住民や現場の多彩なニーズを汲み取り、企業や大学・研究機関は卓越したシーズを生み出す、という役割を持っています。

イノベーションは、ゼロから生まれるわけではありません。ニーズとシーズ、課題を解決するテクノロジーが有機的に連動して初めて、優れた製品やシステムを創出できます。そこに貢献すべく、「仙台BOSAI-TECHイノベーションプラットフォーム」は、多くの人材や情報が交流できる場として、重要な機能を果たしていきたいですね。

防災・減災を「文化」に。福島イノベ機構に期待

―「プラットフォーム」という点では、福島ロボットテストフィールドを運営する福島イノベ機構も浜通り地域の産業集積に向けて、重要な役割を担っています。

今村:
浜通り地域には、すでに70社を超えるロボット関連企業が立地していると伺っています。これは本当に素晴らしいことで、技術開発にとどまらず事業化・ビジネス化にまでかなり踏み込んでいる証左だと思います。

いま、復興のために新しい力が福島にどんどん集まっていますよね。この流れを後押しするべく、福島イノベ機構には、「福島には新たなチャレンジの機会があり、その場を提供し続ける」というメッセージの発信を、引き続き期待しています。また産学官の連携では、2023年4月に福島国際研究教育機構(F-REI)が設置されるので、私たちも研究の推進や人材の交流をはじめとした密な連携を見込んでいます。

次のステップでは、こうしたビジネスや教育といった有形無形の資産を「いかに地域貢献に結び付けるか」が問われてくるように思います。先端技術を地域の活性化に役立て、さらに地域に浸透・定着を試みることで、持続的な発展へとつなげていく。その過程で、防災テックを含めた防災・減災が、本当の意味で地域に根ざして定着し、「防災文化」として醸成されていくのではないでしょうか。

もちろん、相応の時間はかかるでしょう。福島イノベ機構には、粘り強く掲げた目標にアプローチしていくこと、そして、その動きを推進・加速させる人材の育成や教育にも積極的に携わっていただくことを期待しています。

東北大学災害科学国際研究所(IRIDeS)

東北大学災害科学国際研究所 (IRIDeS)は、2007年に発足した学際的な研究チーム「東北大学防災科学研究拠点」(事務局:東北アジア研究センター)を大幅に拡充する形で、東日本大震災の約1年後に設立。東日本大震災における調査研究、復興事業への取り組みから得られる知見や、世界をフィールドとした自然災害科学研究の成果を社会に組み込み、複雑化する災害サイクルに対して人間・社会が賢く対応し、苦難を乗り越え、教訓を生かしていく社会システムを構築するための学問を「実践的防災学」として体系化し、その学術的価値を創成することをミッションとしている。