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サステナビリティ

人も社会も環境も――。ソーシャルグッドな成長を目指す「挑戦者たち」の思考と実践

激化するリチウム資源獲得競争に、新たな選択肢。
世界に挑む、“メイド・イン・楢葉”の水酸化リチウム
――豊通リチウム・西郷剛史氏、田形拓郎氏インタビュー

2023年03月31日

西郷 剛史さん

豊通リチウム株式会社 代表取締役社長

1999年、高崎経済大学経済学部卒業。同年、豊田通商株式会社に入社以来、一貫して金属資源領域のキャリアを歩む。2010年金属資源部、2015年Toyotsu Rare Earths India Pvt.(Managing Director)、2019年豊田通商 資源開発部リチウムGグループリーダー、2020年豊通マテリアル レアメタル事業部部長を経て、2022年4月から現職。

田形 拓郎さん

豊通リチウム株式会社 取締役コーポレート本部長

2007年、早稲田大学教育学部卒業。同年、豊田通商株式会社に入社。非鉄金属部溶湯事業推進グループを皮切りに、レアメタル領域のプロフェッショナルとして活躍。2009年金属資源部レアアースグループ、2012年Toyotsu Rare Earths India Pvt. Ltd. (Director)、2016年金属資源部 錫・レアアースグループ、2018年資源開発部 リチウムグループを経て、2019年9月から現職。

カーボンニュートラル社会の実現に向けて、普及が期待される電気自動車(EV)や燃料電池車(FCV)などの電動車。その車載バッテリーをはじめ、世界の産業に欠かせない鉱物資源の一つである「リチウム資源」の旺盛な需要が続いている。そうした中で、福島県楢葉町に“日本初”の「水酸化リチウム」製造工場が竣工した。建設したのは、豊通リチウム株式会社。「高品質で、安定的な生産を目指す」と意気込みを語る同社代表取締役社長の西郷剛史氏と取締役コーポレート本部長の田形拓郎氏に、竣工に至るまでの軌跡と、“楢葉ブランド”の水酸化リチウムの展望を聞いた。

福島県楢葉町から、リチウム資源市場をリードする

―日本に初めて、「水酸化リチウム」を製造する工場が福島県楢葉町に誕生しました。リチウム資源の安定的な確保やエネルギー戦略を検討する上で、非常に大きなインパクトだと思います。

西郷:
安定的な資源・製品の確保に向けて、産業界はもちろんですが、福島県、楢葉町など行政の皆さまからも非常にポジティブに受け止めていただいています。ご存じのとおり急成長を遂げているリチウム資源市場は、供給自体が追いつかずに国家レベルから企業間に至るまで、国境を超えた獲得競争の様相を呈しています。とりわけ電池に使われる原料は、偏在性が高く、特定エリアに偏って生産されるケースがほとんどです。安定的な資源の確保は、まさに日本の電池産業に内在する大きな課題でしょう。そうした中でサプライチェーンにも大きな変革が起きていて、最終需要家である電池メーカーが、従来は部材メーカーに調達を一任していたものを一変させ、自ら資源調達する動きが活発化してきました。

―そうした市場環境の中で、御社は福島県楢葉町に工場を建設。アルゼンチンから原料を輸入しているとうかがいました。

西郷:
はい。当社は、トヨタグループの商社である豊田通商株式会社と、オーストラリアのリチウム資源開発会社で、豊田通商の炭酸リチウム生産のパートナーである「オールケム社」(Allkem Limited)との合弁会社です。アルゼンチンのオラロス塩湖にある炭酸リチウム生産拠点サレス・デ・フフイ(Sales de Jujuy)で生産した「炭酸リチウム」を楢葉町に輸送して、当地の工場で「水酸化リチウム」に精製しています。国内では初めての「水酸化リチウム製造工場」です。

―リチウム資源そのものについて、かみくだいて教えていただけますでしょうか。「炭酸リチウム」と「水酸化リチウム」は、どう違うのでしょう?

西郷:
どちらもリチウムイオン二次電池の正極材に使われる「原料」という点では同じです。ただし電池の用途によって、正極材にどの原料を使うかが異なります。電気自動車に搭載される高容量のリチウムイオン二次電池の正極材には、主に水酸化リチウムが使用されます。「炭酸リチウム」を還元反応させて水酸化物に変えた物質が「水酸化リチウム」です。

リチウムイオン二次電池市場では、日本と韓国、中国の3カ国が上位のシェアを占めています。私たちは日本の企業として、日本からリチウムイオン二次電池産業を盛り上げていきたい。さらには本事業を通じて、福島復興の一助になりたいと強く思っています。ここ楢葉町を事業活動の土地に選択したのは、そうした背景に由来します。

西郷 剛史 氏(豊通リチウム株式会社 代表取締役社長)

―楢葉町から、世界のリチウムイオン二次電池市場をリードしていく。そんな未来が見えてきました。工場立地として楢葉町を選ばれた背景を、もう少し詳しく教えてください。

田形:
立地については、「楢葉町しか考えられなかった」というのが、率直なところです。複合的な要因が重なりましたが、大きく5つの要因が挙げられます。1つ目は、需要家がすでに楢葉町に進出していたこと。これは非常に大きかったです。2つ目に、輸送に適した海に開かれた港湾が近在したこと。そして3つ目として、浜通りの温暖な気候も大事な要素です。4つ目には、浜通り地域等を対象とする経済産業省の補助金に採択されたこと。ファイナンス面での支援は、進出企業にとってはやはり大きなインパクトがあります。5つ目には、生活インフラが整い、安定的な暮らしを営めること。工場建設・企業進出に当たって欠くことのできないこれらの要素を楢葉町は備えていました。

―需要家、港湾、気候、ファイナンス、生活インフラ……たしかに、これらが揃っている地域ならば、企業は安心して進出できるように思います。

田形:
はい、需要家の近くに工場を建設することで、需要家とのコミュニケーションを密に取れるようになります。加えて、水酸化リチウムの特性を踏まえると、物理的に近いに越したことはありません。というのも、強アルカリ性物質である水酸化リチウムは、「毒物及び劇物取締法」で劇物に指定されていて、取り扱いには安全上の配慮が強く求められます。また、長期間保存すると固結するため、たとえ不純物の少ない高品質な水酸化リチウムであっても、納品までの時間はできるだけ圧縮したい。つまり、需要家の近くに工場を建設することで、安全かつ短期間・タイムリーに製品(水酸化リチウム)を供給できる体制を構築できるわけです。

次に港湾の有無ですが、我々はアルゼンチンから原料の炭酸リチウムを輸入しているため、荷揚げ港が工場付近にあることが絶対的な要件となります。当社は、いわき市の「小名浜港」に炭酸リチウムを荷揚げしています。小名浜港は、楢葉町から見ると、広野町を挟んで隣に位置するいわき市にありますが、一般的には炭鉱関連の資源運搬船が利用する港とのイメージを持たれがちでした。ですが現在は、行政が中心になって、海外貨物の受け入れを積極的に進めていらっしゃいます。ありがたいことに、コンテナ輸送にかかる経費の一部を助成するなどのサポート体制も充実していて、我々も楢葉町に進出を検討する前後から、福島県やいわき市と協議を重ねてきました。

また、港からのトラック輸送に適した常磐自動車道が開通していることも魅力です。首都圏から約200km、3時間程度で移動可能という高いアクセス性は、楢葉町の特長の一つでしょう。もちろん、浜通り地域の穏やかな気候もポジティブな要因です。夏季は最高気温が32~33度ほどで、しかも湿度がそれほど高くなく、カラッとしている。冬季も積雪による影響を受けにくいため、物流面でも懸念が小さくなります。

―首都圏からアクセスしやすいだけでなく、海外に開かれた港が近郊にあることは、世界市場を視野に入れたとき、大きなポテンシャルとなりますね。その他のサポートはいかがでしょうか。

田形:
国や福島県は、震災復興のための企業誘致に力を注いでいらっしゃいます。浜通りに新たな産業基盤の構築を目指す国家プロジェクト「福島イノベーション・コースト構想」(福島イノベ構想)も代表的な一例でしょう。経済産業省をはじめ、復興庁、そしてここ楢葉町にも、立地のためのさまざまなサポート体制が充実していて、当社は、事業費の約3分の1のサポートを受けられる「自立・帰還支援雇用創出企業立地補助金」(経済産業省)を活用しました。

こうしたファイナンス面のサポートに加えて、住環境や生活インフラの整備に積極的に取り組んでいることも決め手の一つになりました。2015年に避難指示が解除された後、楢葉町は住民が帰還しやすい環境を整えるために、商業施設や福祉施設などの生活インフラの整備に尽力してきました。事業を立ち上げるに当たっては、当社で働く従業員が安心・安全に生活できることが何よりも大切です。そうしたニーズにも十分応えられる環境が、楢葉町にはすでにあったのです。

田形 拓郎 氏(豊通リチウム株式会社 取締役コーポレート本部長)

地域雇用率80%超。地元に根ざし、世界品質を目指す

―2018年10月の進出から2022年11月16日の工場竣工に至るまで、楢葉町や地元企業とも円滑なコミュニケーションを築かれている様子です。

田形:
おっしゃるとおりで、何より、楢葉町の松本幸英町長をはじめ、楢葉町役場の皆さまから、いつも温かい支援をいただいていることに感謝しています。当社の進出を肯定的に受け入れてくださる気持ちを機会あるたびに表明いただき、ご期待に応えたいとの思いを日々、新たにしているところです。

楢葉町は、私たちにとっては、初めての土地でした。土地勘がないこともあり、大小さまざまな困りごとの連続でしたが、そのたびに楢葉町の皆さまにサポートしていただきました。許認可や申請に関するものから、事業活動に必要な物資の調達先、英語以外の言語を使用する海外パートナーのための通訳の手配などに至るまで、多岐にわたって解決に向けたお力添えをいただき、非常に心強く思っています。

コミュニティの形成という観点では、「楢葉町立地企業親和会」に招いていただいたことも、地域に根ざす上でうれしいものでした。楢葉町に拠点を構える15社~20社ほどの組織ですが、定期的に集まって互いの課題を相談し合ったり、楢葉町への要望・要請をまとめたりといった活動を通じて、楢葉町や地元企業とのコミュニケーションを深めています。あるサプライヤーから別のサプライヤーを紹介いただくなどのご縁がつながり、事業活動への良い循環も生まれています。また、採用活動にも積極的なサポートをいただいており、地元出身の従業員の雇用を計画的に進めることができています。

―地元からの採用も進んでいるのですね。

田形:
おかげさまで、現在、従業員の約8割が福島県内の出身者です。とくに割合が多いのが、いわき市の出身者で、ほかには広野町や楢葉町、あるいは中通り地域からも多数、仲間になっていただきました。楢葉町に産業基盤をつくるためには、地元に雇用を生み、安定して暮らせる環境を整えることが重要です。その点で、地元に継続して雇用を創出することは、復興に向けた私たちのミッションです。今後も、維持・発展させたいと考えています。

写真1

写真2

楢葉町の水酸化リチウム製造工場の全景(写真1)。原料となる炭酸リチウムは、アルゼンチンのオラロス塩湖近くの工場(写真2)で生産し、日本に輸入。楢葉町の工場で精製し、水酸化リチウムを生産する。生産能力は10,000トン/年

“楢葉ブランド”を確立し、世界に発信

―本稼働に向けて、今後の展望を教えてください。

西郷:
現在は、本稼働に向けた試運転を積み重ねているところで、製品の品質が適合しているかを確認している段階です。工場の生産能力は10,000トン/年を目指しています。豊田通商のグループ会社である豊通マテリアル株式会社を通じ、車載向けなどの電池用途に限らず、工業用途も含めて国内外のメーカーに販売予定です。ただ10,000トン/年という数字だけを追いかけるのではなく、大事なのは、需要家のご期待や、移ろいやすい世界のトレンドに本質的に応えることです。機を見るに敏と言いますか、工場自体の競争力を磨き上げ、瞬発力をつけながら、どういった形にでもアクションを取れる状態にしていきたいと思っています。

展望という点では、いわき市を中心にバッテリー関連産業を核とした「いわきバッテリーバレー構想」との連携も、検討のじょう にあがってくると思います。まだ具体的な形を描けているわけではありませんが、地域活性化や持続可能な社会を目指した連携には積極的に取り組んでいきたいと考えています。

田形:
私も車載バッテリー分野の企業とは、高いシナジーを発揮できるのではないかと期待しています。浜通りには、蓄電池やリチウムイオン電池にかかわる企業が多く進出しています。当社の水酸化リチウムとは直接的な関係は薄いかもしれませんが、「再生エネルギー」や「次世代エネルギー」、あるいは「SDGs」や「カーボンニュートラル」という文脈では、非常に高い親和性があります。連携に向けた模索を継続したいと思っています。

―サステナブルな世界の実現に向けて欠かせない製品を生み出す企業が集まり、さらに共創が深まっていく。まさに「福島イノベ構想」が目指す未来が具体化しつつあります。

田形:
当社もその一翼を担えるよう、ぜひまい進したいと考えています。福島イノベ構想を推進する「福島イノベーション・コースト構想推進機構」(福島イノベ機構)には、大変ありがたいことに、創業当初から関係を密にしていただいています。定期的に情報交換やディスカッションの場を設けていただているほか、折に触れて、「浜通りへの進出企業」として当社をご紹介いただくなど、地域への産業基盤の構築に向けて、高いご期待を寄せていただいています。今後は、福島イノベ機構が主催する「企業立地セミナー」などにも積極的に参加したいと思っています。

西郷:
福島イノベ機構は、浜通りでの事業を成功・発展させるためのさまざまな選択肢をお持ちだと思います。どの選択肢が私たちの事業にマッチングするか、コミュニケーションを密に取って具体的な形にしていきたいと考えています。ただそのための大前提として、まずは足元の事業を固めること、安定的な成果を出すことに全力を傾けたいと思います。

見据える先は、あくまで世界です。我々は、「楢葉町から世界へ」という目標を掲げ、その実現を目指しています。私たちが精製・製造する水酸化リチウムが信頼を得て、“メイド・イン・楢葉”が世界品質のブランドとして認知されること。そして、楢葉町が世界のリチウムイオン二次電池産業を支えること。私たちは、そうした存在になれると信じ、事業活動を進めています。次世代に選ばれる企業になるためにも、この想いを従業員全員で共有し、磨き上げていきます。

豊通リチウム

楢葉から世界へ。私たち、豊通リチウム株式会社は国内初となる水酸化リチウム製造会社です。高性能リチウムイオン電池の主原料となる水酸化リチウムを炭酸リチウムから精製し、安定的にお客さまに提供することで、これからのカーボンニュートラル社会実現の一翼を担うべく取り組んでいます。『楢葉から世界へ』を合言葉に安全安心な企業文化の醸成と未来の子どもたちへ持続可能な社会、環境をつくり、地域社会の活性化に貢献していきます。