サステナビリティ
人も社会も環境も――。ソーシャルグッドな成長を目指す「挑戦者たち」の思考と実践
“いざ、川俣”で福島に根を張った野菜苗のパイオニア。
手仕事とバイオ技術で農家の負担とリスクを軽減
――ベルグ福島・中越孝憲氏、豆塚輝行氏インタビュー
2024年02月13日
中越 孝憲さん
ベルグ福島株式会社 代表取締役
1996年有限会社山口園芸(現・株式会社山口園芸)入社。2005年に山口園芸から分社したベルグアース株式会社に転籍。2007年取締役、2010年常務取締役就任。2017年1月ベルグ福島株式会社代表取締役に就任、2023年2月よりベルグ福島株式会社に専任している。
豆塚 輝行さん
1985年生まれ。大学で農学を専攻した後、2009年にベルグアース株式会社入社。2015年ベルグ福島株式会社に転籍し、会社設立及び農場開設準備に従事。取締役農場長として引き続き生産現場の運営と管理に取り組んでいる。
付加価値の高い野菜苗を生産するベルグアースグループが、2014年、福島県川俣町にベルグ福島株式会社を設立し、拠点を構えた。原発事故後、風評に苦しむ農業王国・福島の姿を見て、安全・安心な農作物の生産に貢献したいとの思いがあったのだという。同社は、多くの収量が見込め、病気にも強い苗を川俣町で生産しながら、植物のウイルス被害を防ぐためのワクチン接種苗で、その存在感を高めつつある。農業生産のリスク低減に貢献する「世界初」の苗を実用化させている同社の中越孝憲代表取締役と、農場長の豆塚輝行取締役に、これまでの歩みを振り返りつつ、農業生産者にメリットをもたらす野菜苗開発の方向性などについて語ってもらった。
―御社は果菜(果実を食用にする野菜)類苗の生産大手であるベルグアース株式会社のグループ企業です。商品としての野菜苗は、ホームセンターの店頭などで販売されている野菜苗と同じと考えてよいのですか。
中越:
当社が生産・販売をしているのは、家庭用ではなく、主に生産農家向けの野菜苗です。国内の農業は担い手の高齢化が進み、後継者も不足しており、多くの産地で70代、80代の方々が頑張っています。自分で種を蒔き、苗を育てるのは骨の折れる仕事です。ベルグアースグループでは、農作業の負担が軽くなるだけでなく、病気に強く、多くの野菜や果実の収穫が見込めるような、付加価値の高い野菜苗を開発・生産しています。
主力商品は、接ぎ木(つぎき)苗です。キュウリやトマト、ナス、メロン、ピーマン、スイカなどの生産現場では、病気や連作障害を避けたり、収量を増やしたりする目的で、2つの異なる種類の植物苗を接ぎ木した、接ぎ木苗が広く利用されています。味が良く、果実を多く収穫できる品種を選抜して、その苗に、病気などに強い性質を備えた別の種類の植物を接ぎ木して、1本の苗にしたものです。ベルグアースグループの接ぎ木苗生産量は年間3100万本。果菜類の接ぎ木生産量は日本一です。
福島の農業を衰退させないために何をすべきか。「だから、川俣に行くんだ」
―ベルグアースグループが、福島県川俣町に接ぎ木などの生産拠点としてベルグ福島株式会社を設立したのは、2014年のことでした。福島に進出した経緯をお教えください。
中越:
福島県は、キュウリをはじめとする、農業の一大産地です。日本の食を支えている福島が、原発事故で大変な風評被害を受け、農家は厳しい状況に置かれました。農業王国・福島で、農家が生計を立てられなくなっている様子に、ベルグアースグループ代表の山口一彦(ベルグアース株式会社社長)は心を痛めていました。同時に、福島の農家が農業を続ける助けになる、安全・安心な苗を作ることに、自分たちの技術が貢献できると確信していたそうです。日本は地域によって気温や湿度などの環境が異なるため、野菜苗は、使われる圃場(ほじょう=農作業をする場所)に近い場所で作るのが一番です。山口代表は、「だから、川俣に行くんだ」と。
―「いざ、鎌倉」のような心意気を感じます。なぜ、その立地が川俣町だったのでしょうか。
中越:
ベルグアースグループは、完全閉鎖型の育苗施設による野菜苗の育苗にいち早く取り組んできました。人工光を照射する建物の中で苗を栽培しており、そこで使う水は、飲用に適した水道水です。このような、安全・安心な栽培を実践していることをお知りになった川俣町の古川道郎町長(当時)が、熱心にアプローチをしてくださいました。震災の翌年、町長自ら愛媛のベルグアース株式会社にお越しになり、2013年には町から誘致の働きかけをいただきました。川俣町として40年ぶりの企業誘致だったそうです。
―そのラブコールに応える形で、ベルグ福島株式会社を2014年に設立し、翌年末から接ぎ木苗の生産を始めたのですね。
中越:
はい。完全閉鎖型の施設で苗を育て始めました。先ほど、水について触れましたが、育苗に使用する土である培地も、栃木県から購入したものを使っています。再利用はせず、使い切りです。放射線量の測定も毎日行ってきました。初出荷の時点で原発事故からおよそ5年が経過していましたが、それでも苗をなかなか買ってもらえませんでした。「安全と安心は別の話」。この現実を思い知らされましたね。
ただ、こうした安全への取組を続ける姿勢を、各地の生産者は見ておられました。徐々にお認めいただいて、現在は、キュウリ、トマト、メロン、スイカなど、年間750万本の苗を東日本全域に出荷しています。放射線量の測定など、一連の対応は今も当たり前のこととして継続しています。
植物ワクチン接種苗で「世界初」の商品を送り出す
―御社は、植物ワクチンを接種した苗の製造でも、最先端の技術を実用化していると伺っています。そもそも、植物ワクチンとは、どのようなものでしょうか。
豆塚:
野菜や花などの植物もウイルスに感染します。そして、感染すると完治しません。葉や茎がしおれたり、枯れたりするほか、実が小さくなり、奇形が出ることもあります。これらは収量の低下に直結しますので、被害額は、国内の農産物で年間1000億円、世界では5兆円に及ぶと推計されています。
この対応策として、植物ワクチンによる予防技術があります。自然界では、同じ種類の植物ウイルス同士が同じ植物に感染できません。また、植物に病気を起こす強毒ウイルスが自然変異し、病気を起こさなくなったウイルス(弱毒ウイルス)というものがあります。これを植物ワクチンとして植物に接種しておくと、やはり同じ種類の強毒ウイルスは感染できません。植物ワクチンは注射をするのではなく、葉の表面へ目に見えない傷穴を作り、そこにワクチンを押し込む形で接種します。傷穴は植物が自然治癒できる程度のものです。
―植物が感染するウイルス病は、農薬や品種の改良で防ぐことはできないのでしょうか。
豆塚:
植物が感染するウイルスは、アブラムシなどの虫が媒介しています。虫に対して効果のある農薬はありますが、植物ウイルスに対して直接的に効果のある農薬は存在しません。特定の病気に対する抵抗力を持った「抵抗性品種」も、十分な効果を得るレベルには達していないのが現状です。
―植物ワクチンを接種した苗だけでなく、植物ワクチンそのものの開発も御社が手がけているのですか。
豆塚:
京都に株式会社微生物化学研究所(略称、京都微研)というワクチン専業メーカーがあります。日本で最初に植物ワクチンを農薬登録した、技術力が非常に高い会社です。京都微研が保有している3つの植物ワクチンは当社が技術移管を受けて、製造を担当しています。さらに2022年に「植物ワクチン総合研究所」を新設し、京都微研、ベルグアース株式会社と共同で、新たな植物ワクチンと植物ワクチン接種苗の開発に取組んでいます。
―御社は、複数の植物ワクチンを混合して苗に接種した、2種混合ワクチン接種苗や、3種混合ワクチン接種苗の実用化にも成功しているそうですね。
豆塚:
はい。複数の植物ワクチンを同時に接種すると、防除できるウイルスの対象が増え、感染によってその作物の収量が減るリスクを低減できます。当社はキュウリ3種混合ワクチン接種苗の実用化に世界で初めて成功し、2023年から販売を始めています。現在、出荷しているのはキュウリのワクチン接種苗だけですが、カボチャの2種混合ワクチン接種苗も世界で初めて実用化し、2026年から販売を始める予定です。
―風評によって苗を買ってもらえない時期があった福島の施設から、農産物の収量低下につながるリスクを軽減できる「世界初」が次々と生まれていると聞くと、感慨深いです。
豆塚:
2種、3種の混合ワクチン接種苗の開発と、2026年の市場出荷を目指しているメロンのワクチン接種苗の開発には、福島県の「地域実用化開発等促進事業」の支援をいただいています。また、福島イノベ機構には、植物ワクチン接種苗を大量生産するうえで欠かせない、ワクチン接種する作業を半自動化するシステムの開発など、支援を受けています。
―植物ワクチン接種の半自動化ですか。先ほど「葉の表面に傷を付ける」とおっしゃっていましたが、そもそも植物ワクチンは、具体的にどのような方法で接種をするのでしょうか。
中越:
私も10年以上前にベルグアース株式会社でワクチン接種をしていました。当時は、葉の表面にカーボランダムという研磨剤を振りかけ、綿棒にワクチンを付けて、キュウリの子葉に塗っていました。今は、研磨剤とワクチン溶液を混合させて、コンプレッサーで圧縮した空気と一緒に、エアガンを使って葉に吹き付けています。DIYが趣味の方でしたら、「ガラスに文字を書く時のサンドブラストと同じ要領」と聞くとイメージしやすいかもしれません。
―大量生産の装置開発に取り組むということは、それだけ需要が伸びると見込んでいるわけですよね。
豆塚:
2023年の植物ワクチン接種苗の生産量は約50万本ですが、毎年増産している状況です。価格は安くないものの、感染時の損失など、トータルで考えると、導入するメリットが大きいと認めていただけていると思います。半自動化が実現すれば、生産量を年間150万本まで増やすことが可能になります。生産コストも抑えられると期待しています。
―植物ワクチン接種苗の開発や販売についての課題はありますか。
豆塚:
課題は認知度の向上です。植物ワクチン接種苗を、より多くの方に知っていただくことが必要だと考えています。イノベ機構には、植物ワクチン接種苗の開発や製造への支援だけでなく、周知活動でも支援をいただいています。これは大変ありがたいです。
育苗は、「自分がやったことの結果が見える手仕事」
―植物ワクチン接種苗は、バイオテクノロジーに属する分野の製品です。その最先端技術をお持ちなのですから、施設見学の依頼も多いのではないですか。
中越:
農閑期になると、毎週のようにご案内をしています。接ぎ木苗や植物ワクチン接種苗の周知の意味合いもありますが、見学の受け入れは人材の採用に大きく影響します。農業は敬遠されがちですから、採用には苦労します。小学校から大学まで、さらにはPTAの方々まで、地域の皆さんの見学を積極的にお受けして、現場を見ていただきたいんです。
おっしゃるように、植物ワクチンのようにバイオの技術開発をしていますが、実務の多くは手仕事ですから。接ぎ木で言えば、葉っぱを手に取り、削り、茎に穴を開けて、挿して、という作業の繰り返しです。人工的な環境で栽培していても、苗は1株ずつ生育状態が異なります。同じ状態に規格化できないので、ロボットでは作業を代替できません。接ぎ木した苗への水やりも、苗の状態を見ながら、じょうろで加減をしながら行う、手灌水(てかんすい)です。地道な手仕事ですが、自分がやったことの結果が苗の生育という形で見える仕事でもあります。現場を見て、こういう仕事が向いていると思った人に、入社してほしいという思いがあります。
豆塚:
当社の設立時に、「10年間で100人を雇用します」と宣言しました。会社設立以来、採用環境が厳しいながらも、毎年2人以上は新卒の採用を続けていて、社員数は76人になりました。ほとんどが地元からの採用で、川俣町6割、福島市と二本松市が3割、残りがその他の地域です。学生さんの見学では、「日本で一番多くの接ぎ木苗を出荷しているグループの企業です。食を支えていて、小さいながらも世界一の取組をしています」と当社の特徴を伝えてきました。その誘いに応えて入社し、仕事を続けてくれる子がたくさんいる。そして、苗づくりの仕事を一つずつ覚えてくれる。これが一番嬉しいです。
中越:
苗のことを知り、新しい人間関係を作りながら、いずれ、地元の社員だけでこの施設を運営できるようにしたいと思っています。その日が来るよう、働きやすい環境を整備しながら、育苗の技術を若者たちに伝えています。
ベルグ福島株式会社
ベルグアース株式会社の子会社として2014年3月に設立。接ぎ木苗大量生産技術・人工光利用育苗技術・植物ワクチン製造及び接種苗生産技術を活かし、福島県をはじめ東北・北海道・関東の野菜産地に、閉鎖型苗生産システム(人工光利用型育苗施設)・太陽光利用型育苗施設を用いた野菜苗の生産・販売を行っている。社員数76名。