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ウェルビーイング

良質なアウトプットを生み出すため。ココロとカラダ、個人と組織の「幸せ」のマネジメント集

都会を離れ見つけた自由な働き方。
楽しい小高駅から南相馬に元気を

2021年09月27日

菅野 真人さん

JR常磐線 小高駅 駅もり

1997年生まれ。埼玉県川口市出身。小学、中学、高校と地元の公立学校を経て、国際基督教大学(ICU)教養学部に進学。在学中からアメリカを皮切りに、ヨーロッパ諸国、中東など延べ海外25カ国を旅する。大学卒業後、インターネット広告会社に就職し法人営業として2年間勤務。コロナ禍が働き方を見つめ直すきっかけとなる。自由な働き方を求め2021年1月より南相馬市に移住。ネクストコモンズラボ南相馬のプロジェクトである小高駅の「駅もり」として、さまざまな活動を通して世代や地域を超え人と人をつないでいる。

東京のインターネット広告会社で働いていた菅野さんだが、コロナ禍でイベント中止やリモートワークが当たり前となり「営業の仕事にやりがいは感じていたが、働き方に不自由さを感じるようになった」と振り返る。会社員時代の経験を生かして、小高駅を拠点に自由な働き方を実践し、軽快なフットワークで地域に新風を届ける。「主に利用する高校生の見守りはもちろんのこと、ライブ、街歩き、映画鑑賞会など、多様なイベントを開催しています」。“駅を使って遊ぶ”という新しい発想で、南相馬の魅力を発信する菅野さんにこれまでの取組や今後の展望についてうかがった。

地域のシンボル
小高駅を見守る仕事

夕暮れ時、次第に赤みを帯びていく小高駅舎。授業を終え家路につく小高産業技術高校の生徒たちでいっぱいになる待合室。彼らが次に向かうのはかつての事務室を改修したコミュニティスペース。そこには、駅を見守る“駅もり”がいて、高校生の他に子どもたちやその親も集い、思い思いに穏やかな時を過ごしている。

地域のシンボルとして人々が集う小高駅舎

「2020年3月以降無人駅となってしまっていた小高駅に、2021年1月から駅もりとして着任しました。主に利用する高校生の見守りはもちろんのこと、ライブ、街歩き、映画鑑賞会など、多様なイベントを開催しています。“駅を使って遊ぶ”という新しい発想で南相馬の魅力を発信中です」

そう話してくれたのは、駅もりとなって8カ月が経過した菅野真人さん。菅野さんは、平日の夕方と休日の日中に小高駅に駐在している。子どもとテレビゲームで遊んでいたかと思えば、同世代と仕事の打ち合わせをしたり、年配者の趣味の話に耳を傾けたり、高校生の進路相談にのったりと、幅広い年代と接し話す内容も実にバラエティ豊かだ。

もう1つの待合室となっているコミュニティスペース

「小高駅では子どもから年配者まで関わる世代が幅広く、話す内容がこれまでとだいぶ違うので、かつて諸外国を旅した時よりもカルチャーショックを受けていると言ってもいいくらいです。大学時代に自分の英語がどれだけ通用するのか、アメリカを始め世界各地を巡りましたが、同世代と話すことが多く留学生の多いICUと話題はそれほど変わりませんでしたから」

暮らしぶりは移住前とすっかり変わった。年の離れた知り合いが増え、料理教室に参加するようになり、えごま団子が大のお気に入りに。ファストフードを口にすることが減り、知り合いが分けてくれる新鮮な野菜中心の食生活のおかげで、気が付けば以前よりも健康になっていた。

働く実感を求めて、
移住を決めた南相馬

すっかり南相馬の暮らしに溶け込んでいる菅野さんだが、東京で働いていた頃はコロナ禍によるイベント中止やリモートワークで働く実感が薄れつつあった。

「大学時代からインターネット広告会社にインターンとして働き始め、卒業後は正社員として法人営業の部署で2年間働きました。会社が創業間もなかったこともあり、社員は少数で仕事量が多く忙しい毎日。やりがいは感じていましたが、コロナ禍での働き方に不自由さを感じるようになりました。以前から興味のあったネクストコモンズラボで駅もり募集の告知を見つけたのは、ちょうどそんな時でした」

ネクストコモンズラボは東京に本部があり、地域おこし協力隊制度を活用したローカルベンチャー事業を展開している一般社団法人で、日本各地の自治体と協働して地域の課題解決や資源活用を推進している。南相馬もその1つで、進行中のプロジェクトメンバーは全員市外からの移住組だ。

移住組はみな顔見知り。仕事だけでなくプライベートの話も

菅野さんに、移住に伴う不安がなかったわけではない。地理、気候、住宅事情、食べ物、初めての一人暮らしには、あらかじめ知っておきたいことがいくつもあった。ネクストコモンズラボ南相馬には、3年前に移住したコーディネーターがおり、それらの相談事に対して不安解消できたことが移住を後押しした。

「移住するには、現地の人との関わりが重要です。補助金の給付もあるにこしたことはないですが、アドバイスをくれる存在が大きいと思います。初動を不安感なく進められるかどうか、安心して相談できる人を見つけることが大事。事前にボランティアやインターンで現地に足を運ぶと知り合いが自然とできます。その点、南相馬なら受け入れ先もたくさんあります」

住民のあたたかな距離感。
自然と広がるネットワーク

「自分の好きな場所を見つけたい。もしうまくいかなかったら戻ればいい」と移住した南相馬。取材中に自然とこぼれる菅野さんの笑顔から、小高駅の駅もりとなって、水を得た魚のように活動しているのが伝わってくる。

プライベートの距離感は東京とは違ったが、違和感なく溶け込めたことも大きかった。

「都会だと、友だち同士でも住所を知らないことも珍しくなく、プライベートに関しては一定以上踏み込まないという面もあります。こちらだと、初対面に『どこに住んでるの?』という会話から始まるので、私生活が見えやすく自分をさらけ出しやすいし、知り合いのネットワークもみんなで共有しやすい」

地元とのつながりは、駅もりという仕事の幅を広げる。コーディネーターとして駅を拠点にしたイベントにも取り組みやすくなった。

「人によって関わり方が異なる小高駅ですが、通学で利用していた人たちにとってはいつまでも懐かしい場所として記憶に残っています。地域のシンボル的な存在なので、駅もりがいることが広まって、電車は利用しなくても遊びに来るという人も増えています。ちなみに、電源やWi-Fiを完備しているので仕事にも使えます(笑)」

会社員時代の経験を生かして、小高駅を拠点に自由な働き方を実践し、軽快なフットワークで地域に新風を届ける菅野さん。「小高駅タイムズ」というFacebookページを立ち上げ、管理人として小高駅の近況やイベント告知も行っている。これまで印象に残るイベントは何だったか、尋ねてみた。

「小高駅タイムズ」ではライブ配信なども行っている

人と人をつなぎ小高駅に
集えるイベントを次々

「1つめは、5月下旬に開催した駅を起点に街を歩く『ブラオダカ〜小高の街歩き〜』。南相馬市役所から講師を招き、ガラスの原料となる銀砂を生産していた工場跡や、経済的に栄えていたことをしのばせる呉服店跡など、いまなお残る産業遺産を巡りました。子どもから年配者まで約20人が参加し、予想を越える盛況ぶりでした。見過ごしていた歴史にふれられると好評で、桃内駅に場所を移し第二回も開催。要望に応えて今後も定期的に開催していく予定です」

街の歴史を知るきっかけとなっている「ブラオダカ」

「もう1つは、6月中旬に駅のコミュニティスペースで開催した地元バンドによる『小高駅LIVE!』。50人ほどが集まり会場は満員で、アーティストのファンもいて終始熱気に包まれました。電車が停車すると車内からライブの様子が見えるのですが、乗客も何をやっているのだろうという表情で眺めていました。来場したみなさんから『ぜひ、また開催してほしい』という声をいただいき、やって良かったと思うと同時に次のイベントへの意欲が湧いてきました」

「小高駅LIVE!」に向けて着々と準備を進める

好きな「南相馬」を輝かせるため
地域とともに意欲的に取り組む

菅野さんと同様にそれぞれのプロジェクトを積極的に展開している南相馬の移住者たち。彼らの活躍もあり街は活気を取り戻しつつあるが、震災や原発事故による影響は少なからず残っている。

「震災が起きた当時、自分は中学2年で何もできなかったという感覚が残っています。東北の被災状況はニュースなどで目にしていましたが、やはり他人事だったと思います。震災から10年という年に、私が南相馬にやってきたのも何かの縁。いまの私にできることは、純粋に地域住民が楽しめるさまざまな場を届けていくことです」

「南相馬で暮らしていると、何でも長く続けている人が評価されていると感じます。私の場合、楽しい、面白いと感じるものから、自分の興味にあったものを取捨選択すれば良いと、これまでの人生を歩んで来ました。いまは、これから10年続けられることは何だろうという視点で、物事を考えるようになりました」

菅野さんには、この街と住民とふれあう中で芽生えた思いがある。

「こちらに来て支えてもらったみなさんにぜひとも恩返しがしたい。将来的に南相馬の街づくりに関わり、営業で培ったスキルを活かして人と人とのつなぎ役として貢献していきたいです。『この分野なら菅野さん』と言ってもらえたらうれしい限り。駅もりの仕事を通して、地域の人たちと創り上げる面白さに目覚めたので、自らやりたい街づくりに取り組んでいけたらと考えています」

好きな「南相馬」を輝かせるために、課題を見据え地域とともに新風を巻き起こす活動は続く。

「小高駅を拠点に、南相馬を楽しく盛り上げていきます!」

ネクストコモンズラボ南相馬

2017年に設立した南相馬市の事業。移住者を募り、南相馬に拠点を移したメンバーとともに、地域の課題や資源に焦点をあてたプロジェクトを推進している。震災により多くが失われた地域に新しいプラットフォームを整備し、起業サポートとそのコミュニティを通して、町の未来と次の社会のかたちを創造する。