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リーダーシップ

福島発のイノベーションを先導し、次なる時代を創るリーダーたちの想いに迫ります

葛尾村で立ち上げた養殖事業
持続可能な水インフラの構築を志す、“エビ社長”
――HANERU葛尾・松延紀至氏インタビュー

2024年03月14日

松延 紀至さん

株式会社HANERU葛尾 代表取締役社長

1973年生まれ。明治大学大学院を卒業後、株式会社荏原製作所で水道の設計等に従事。企業分割により、水ing株式会社に転籍。その後、株式会社日水コンに転職し、上下水道の官民連携事業を行う中で、陸上養殖と上下水道を組み合わせた地方創生を行うべく、福島県葛尾村に株式会社HANERU葛尾を設立。國學院大学久我山高等学校に在学中は野球部に所属し、甲子園への出場経験がある。ポジションはセカンド。1学年後輩の井口資仁氏(前千葉ロッテマリーンズ監督)と二遊間コンビを組んでいた。

人々の生活に欠かすことのできないライフラインの一つである水道。自治体がその水道インフラを維持していくための事業を提案していたエンジニアが、そのモデル事業として、福島県の葛尾村にエビの養殖を手掛ける企業を設立し、自ら経営に乗り出した。海のない葛尾村での養殖が、なぜ地域の水インフラの維持管理につながるのか。2024年度中の商品出荷を目指す株式会社HANERU葛尾の松延紀至社長に、その独自モデルの内容と、事業を通じた地域貢献のイメージを聞いた。

―葛尾村で、エビの陸上養殖に取り組んでいます。この陸上養殖は、上下水道管理の技術継承も兼ねた事業だそうですね。

松延:
はい。水インフラ管理の技術を継承する手段の一つとして、エビの陸上養殖を考えました。私は大学院を卒業後、浄水・排水設備などを手掛ける企業で、上下水道のプラント設計や営業をしてきました。その中で、「日本の水道は今後、作ることよりも、上下水道を維持管理する仕組み作りが課題になる」と感じました。

過疎化が進む地方の市町村では、高度成長期に作られた上下水道が老朽化しています。直そうにも財政が困窮し、資金を投じることが難しい状況にあります。水道管理のために十分な数の技術者を雇用する余裕もなくなり、必要な知識や技術の継承が困難になっています。

自分の地域の水がどこから来ていて、災害時にはどこのバルブを閉めてどこをチェックすればよいのか、どこに井戸を掘れば安全な水が出るのか-。そのような質問に答え、実際に対処できる人材がいなくなるわけです。分かっていても、規模の小さな市町村はその事態を回避するところまで手が回らないのが現実です。それならば、地域に新たな産業を興し、その会社が水資源も一緒に管理すればよいのではないかと考えました。

株式会社HANERU葛尾の松延紀至社長

―その「新たに興す」事業が、エビの陸上養殖だったわけですね。

松延:
そうです。陸上養殖は、水を多く使いますので、水道事業と高い親和性があります。ポンプの分解整備、配管の接続、水質データの管理など、養殖場の維持管理は水道の維持管理と技術が共通しています。陸上養殖をしながら人材を育成すれば、水インフラ管理の技術継承をしているのと同じ成果が見込めます。

養殖する魚介類をエビにしたのは、世界の中でも日本人が多く食する魚介類であったためです。大半を輸入に頼っており、食料安全保障の面でも意味があると考えました。2021年当時、私は、水インフラの技術継承を兼ねたエビの陸上養殖事業を、全国の自治体に提案していました。

「葛尾村で成功すれば、全国の市町村が興味を持ってくれる」

―その構想を最初に実践する場所として、なぜ葛尾村を選んだのでしょうか。

松延:
エビの陸上養殖事業を提案するために福島県の企業立地課を訪問したところ、「これから葛尾村に出かける用事があります。一緒に行きませんか」と声をかけていただいたことがきっかけです。

「葛尾村ってどちらの方向ですか。南ですか、北ですか、会津の方ですか」などと言いながら同行し、村でお話をうかがいました。原発事故で全村避難を決断した村であること、2016年に帰還困難区域以外で避難指示が解除されたものの、人が戻っておらず、復興が道半ばであることなど、です。こういう地域でこそ、このモデル事業が地域に良い影響を与えられるはずで、成功すれば、全国の市町村が興味を持ってくださると考え、チャレンジを決めました。株式会社HANERU葛尾を設立したのは2022年1月です。

初めての訪問から約1年後に、葛尾村での起業を決断したという

―葛尾村とは連携協定を結んでいますね。

松延:
水インフラの維持管理について、将来に向けて一緒にやっていくこと、葛尾村で養殖したエビをブランド化し、観光誘致なども一緒に進めていくことなどが連携内容の柱となります。村のご協力がいただけるというのは非常に心強かったです。

―地域産品のブランド化には、一般的に何らかの付加価値が必要となると思います。

当社が養殖し、販売するのは、バナメイエビです。身が柔らかく、甘みが強いのが特徴で、ブラックタイガーに代わり、国内で最も多く普及しているエビの一種です。伊勢エビやクルマエビのような高級品種ではありませんが、葛尾村の地下水をくみ上げて人工海水を作り、閉鎖型のプラントで、エビが病気になる要因が入りにくい環境で飼育することにしました。薬品を使わずに養殖し、「安全安心な、生でも食べられるバナメイエビ」として売り出し、付加価値を高めたいと考えています。

「育てる」を経て、「採算に乗せる」ための課題に挑戦中

―2022年から実証試験に取り組んでいますね。順調に進んでいるのでしょうか。

これまでは試行錯誤の繰り返しでした。最初の実証試験を2022年4月に実施したところ、5万匹が1日で全滅しました。夜11時、人工海水に稚エビを入れ、夜中1時に水槽を見たら1匹も泳いでいませんでした。翌5月にもう一度試験をしました。はじめは順調でしたが、2カ月余りで全滅してしまいました。

陸上養殖に必要な人工海水の成分に問題がありました。海水には、ナトリウム以外にもマグネシウムやカルシウムなどが含まれていますが、過去2回の試験は、それらの配合が適切ではなかったのです。同9月に、いわきの天然海水を使って試験を行い、その仮説を検証したところ、成功したため、塩の種類や海水の濃度などを入念に調べ、同12月に実施した4回目の試験で初めて、人工海水での養殖に成功しました。

当社には現在、3棟のプラントがあります。1棟目は自己資金で建設し、2棟目と3棟目はそれぞれ、2022年度と2023年度の「福島県地域復興実用化開発等促進事業」に採択され、資金面での支援をいただいて建設したものです。これらの施設で、飼育規模を増やしながら試験を重ねています。

2024年2月に本格稼働した、3棟目のプラント外観

―飼育規模を拡大すること以外に、現段階ではどのような試験をしているのですか。

松延:
バナメイエビを育てることには成功していますが、事業として商業ベースに乗せるためには、安全なエビを、効率よく飼育する必要があります。そのために必要なさまざまな切り口の試験を行っています。

まず、当社が採用を前提としている、ウルトラファインバブルの効果検証です。ウルトラファインバブルは、装置から発生させた微細な気泡がマイナス電荷を帯びており、水の汚れや細菌の発生を抑制できると言われています。本当に効果があるのかどうかを試しています。

ウルトラファインバブルの発生装置

また、エビ養殖のコストは人件費の比重が高いため、成長履歴の把握と、成長予測などをできるだけ人の手をかけずに行う必要があります。画像解析技術を活用してこれを省力化できないか、試験をしています。水槽を泳ぐエビの画像を撮影することで、どれだけのエサを食べてどの程度成長したかといった成長の履歴や水質などを把握しつつ、そのデータを出荷予測にも活用したいと考えています。

養殖中のバナメイエビ(写真左)と、出荷サイズのバナメイエビ(冷凍、写真右)。出荷時のサイズは体長15cm程度

適切な飼育条件の絞り込みも進めています。例えば、バナメイエビは、流れるプールのような、水が循環する水槽の中で育てます。現在、容積16トンの水槽で、長円形(オーバル)と円形、どちらの形状の水槽で飼育する方が、成長スピードが速く、歩留まりが高くなるのかを比較しています。並行して、同じ形状の水槽ごとに、エサの投与量や頻度などを変えて、成長スピードを比較するなどの試験もしています。

同じ容積(16トン)の水槽で、長円形と円形のどちらの水槽が効率的に飼育できるかを比較中(写真①②)。バナメイエビが体を休める海藻状の装置を水槽内に入れ、成長スピードが変わるかどうかをテストしている(写真③)。微生物が付着するろ材(黒いブロック様の固体)を入れ、排水のアンモニアを取り除いている(写真④)

―バナメイエビの初出荷はいつごろを予定していますか。想定している販路や用途についてもお教えください。

松延:
2024年度中の出荷を目指しています。プラントがフル稼働し、最も高い効率で養殖できた場合には、最大で年間6トンの供給が可能となる見込みです。

販売先については大きく2つのルートを考えています。まず、葛尾村を含む県内各地のイベントや祭りに出店し、来場者に直接販売します。また、業務用として、主に県内のホテルや飲食店への出荷を想定しています。価格はまだ確定していません。おおまかな目安として、20g・体長15cmのバナメイエビを1匹100円程度で販売できれば、採算ラインに乗ってくると見ています。

実は、葛尾村での創業を決めた初期の段階から、販路の検討については、葛尾村だけでなく、福島イノベ機構も協力をしてくださっています。「バナメイエビを葛尾村の名産にしましょう」とおっしゃってくれる担当者と一緒に他県の視察などに出かけて売り方を研究してきました。福島イノベ機構は人脈が広く、さまざまなネットワークをお持ちですので、売り方だけでなく、「こんな機械はありませんか」などといった、養殖に必要な機器類の相談もしています。

より多様なインフラを守る、産業クラスター構想も呼びかける

―先ほど、養殖事業と水インフラ事業は共通点が多いとうかがいました。葛尾村での水インフラの技術継承について進捗はありますか。

松延:
葛尾村とは、持続可能な水道事業の仕組みを作ろうという話をしていますが、まずはその前提となる、バナメイエビ養殖を軌道に乗せることを優先しています。経験を蓄積した人材が育ち、人的な余裕ができた段階で、水道の維持管理の方策を具体的に進めていきます。その際は、葛尾村での取組と並行して、陸上養殖と水道インフラの維持管理を組み合わせたこの事業を、全国で10カ所は展開したいと考えています。

―水インフラの技術継承にとどまらず、関連主体を広げた、より大きな構想を温めているとうかがいました。

松延:
「福島SDGsエビ計画」といいます。今年の能登半島地震でも、発災後、復旧が本格化するまでの1次対応をどのようにするかが改めて課題となりました。水だけでなく、食、エネルギーなどまで対象を広げ、有事の際はその自治体の中で1次対応を完結できることを目指す、一種の産業クラスター構想です。

(資料提供:株式会社HANERU葛尾)

当社は緊急用のたんぱく源としてのエビを提供できますし、井戸水も供給できます。他のインフラに関わる企業などが葛尾村に進出すれば、自給可能な資源の範囲が広がります。当社が雇用できる人数には限りがあります。その分、関連産業が集積し、新たな雇用を生み出す呼び水となって、帰還支援や定住人口の増加にも貢献したいのです。

―2023年夏には県内外の10チームを招待し、葛尾村の村営グラウンドで少年野球大会を主催したそうですね。

松延:
大会に参加してくれた子どもたちは東日本大震災の後に生まれた子どもたちです。一人でも多くの子に葛尾村に足を運んでもらい、葛尾村の良さを知ってほしいと思いました。エビの出荷が始まったら、「葛尾村のバナメイエビ」の地名度を上げ、村を訪れる人をもっと増やしたいですね。

―村役場で、村の人に「エビ社長!」と声をかけられたとか。

松延:
ええ。最高のニックネームです。

インタビュー当日にプラントで作業をしていた社員と一緒に

株式会社HANERU葛尾

2022年1月設立。陸上養殖のプラントは葛尾村産業団地に立地。社員数7人。社名の「ハネル(はねる)」は相馬地方の方言で「走る・駆ける」の意味。エビが元気良く跳ねるように葛尾村から国内外に走り出したいとの思いを込めた。出資企業はフソウホールディングス株式会社、山菱水産株式会社、三菱電機株式会社、株式会社巴商会、横河ソリューションサービス株式会社。