シェアする

  • LINE
  • Twitter
  • Facebook

未来テクノロジー

テクノロジーが拓く、豊かな未来。挑戦し続ける人と企業をクローズアップ

浪江を舞台に、縁を転がし、生まれる共創。
會澤高圧コンクリートが挑む、復興イノベーション
―會澤祥弘氏インタビュー

2022年12月28日

會澤 祥弘さん

會澤高圧コンクリート株式会社 代表取締役社長

1965年生まれ。北海道静内町出身。1988年中央大学卒業後、日本経済新聞社に入社。東京編集局の記者、米州編集総局にニューヨーク特派員(国連担当記者)として活躍。98年に會澤高圧コンクリート株式会社に入社し、2008年10月に會澤高圧コンクリートの第三代代表取締役社長に就任。2006年にアイザワ技術研究所を創設し、欧米トップ理系大学との産学協力を幅広く展開。バイオ、AI、ロボティクス、ドローン、再生可能エネルギーなどの先端テクノロジーとコンクリートマテリアル技術を“掛け算”して、脱炭素時代をリードする新たな事業価値の創造を目指している。趣味は「旅」。座右の銘は「縁を前に転がせ」。

1935年に北海道で創業し、祖業であるコンクリートと先端テクノロジーを掛け合わせて革新的なイノベーションを成し遂げてきた會澤高圧コンクリートが、福島県・浪江町に研究開発拠点「福島RDMセンター」を建設する。企業価値をアップデートし続けてきた同社が浪江町を舞台に目指すのは、いったいどのような世界なのか。代表取締役社長の會澤祥弘氏に、思い描く未来像をうかがった。

満開の桜。相馬中村神社で感じた「確信」の息吹

―2023年4月に、浪江町で「福島RDMセンター」が操業を開始します。他の地域ではなく、なぜ「浪江町」を選ばれたのでしょうか。

會澤:
いま振り返ってみても、ご縁としか言いようがないですね。当社は北海道で創業し、かねて関東圏など大きな市場の近くに次世代の中核施設をつくりたいと考えていました。他の地域も検討していて、最終的に浪江町に決まったのは縁(えにし)によるものです。

きっかけは、社内の戦略会議で、国の補助金制度「自立・帰還支援雇用創出企業立地補助金」が話題に上がったことでした。最大限活用すれば、総工費30億円のうち最大3分の2の助成金が出ることを知り、浪江町について詳しく調べる過程で、現地を訪ねることになったのです。

その日は、春の日差しに恵まれていました。桜が咲き誇る相馬中村神社にお参りした後に、福島ロボットテストフィールドと福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)の2つの施設を見学することができました。

今だから話しますが、正直なところ、「イノベーションで復興」はあくまでも概念だろうなと思っていた節もありました。それがまだ初期段階とはいえ、福島ロボットテストフィールドやFH2Rというリアルなカタチを眼前にして、「変えていこう」と本気で動いている人たちに接し、思いに触れ、私の気持ちも動かされたのです。浜通りからイノベーションを巻き起こし、地域を復興させる――その覚悟を目の当たりにし、「この地」だと確信を持って決めました。

どんなものでも、カタチを見せることは大切です。人は、世の中に存在しないものは想像できません。福島ロボットテストフィールドやFH2Rを見学して、すとんと腹に落ちました。


―御社の「福島RDMセンター」では、どのような研究や開発が計画されているのでしょうか。

會澤:
RDMは、Research(研究)、Development(開発)、Manufacturing(生産)の略です。生産棟と研究・開発棟が同一敷地内に併存し、試験製造などの成果や課題を研究開発にフィードバックできるのが特徴です。

生産棟は、コンクリートを製造する機能を持ちます。一方、研究・開発棟では、エンジンドローンのアセンブルや、自己治癒コンクリートの開発・製造の他、3Dプリンターの基礎研究を徹底的に行う予定です。3Dプリンターは、洋上風力を活用して洋上で直接グリーンアンモニアを製造・貯蔵する「グリーンアンモニア製造艦」(Green Ammonia Production Ship:GAPS)製造の鍵となる技術です。私たちは今この技術開発に注力しています。

その他にも、複数台のロボットを同時に動かす研究も進めます。未来の建設現場では、3Dプリンター用アームロボットや物資運搬用ロボットなど、複数のロボットが同時に作業することが想定されます。深刻な人手不足に陥る建設業を救うためには、人とロボットの作業負担を2対8程度にする大胆なモデルチェンジが必要だと考えています。後で紹介する「精密避難支援システム『The Guardian』」で用いる技術「SYNCWORLD」を活用し、複数のロボットを同時に支障なく動かせるプラットフォーム開発を進めます。


―福島ならではの研究はいかがでしょう。

會澤:
「浪江町」という場所に強く結びついたものでは、「除染」の研究があります。現在、想定しているのは、低レベル放射性廃棄物の最終処理方法の研究です。法律上、これらは県外で最終処分されるものですが、同時に「壊れない永久構造物に封じ込めてインフラの一部として活用する仕組み」を県内で構築する必要があると考え、当社の自己治癒コンクリートの適用を検討しています。また、表土だけでなく、浪江町北西部に広がる森林の処理方法の研究も実施予定です。

「まず、逃げろ」。総合コンクリートメーカーが挑む、防災イノベーション

―2024年の春、同じく浪江町で、御社の「精密避難支援システム『The Guardian』」が実装されます。そもそも、「総合コンクリートメーカー」である御社がなぜ、防災テック市場に参入するのでしょうか。

會澤:
コンクリートメーカーが「防災」というと、意外に感じられるかもしれません。でもじつは、コンクリート業界にとって防災は、産業の黎明期以来のメインテーマなのです。道路や橋、ダム、河川の堤防など、コンクリート系インフラストラクチャーは、常に自然環境と対峙し、われわれの命を守るためにつくられてきました。

ただし近年は、その自然災害による被害が悪化の一途をたどっています。毎年どこかの河川が氾濫し、人が命を落としています。この状況に対して、例えば「堤防の嵩上げやスーパー堤防を建設しよう」という意見があり、20年前なら私も賛同しましたが、今は違います。いくら高い堤防を建設しても、人智を超越した津波が襲ってくる可能性をゼロにできるわけではありません。一方で、「脱炭素社会の実現のためにコンクリートの使用を控えるべき」という意見もあります。だからこそ、新しい防災のカタチの開発が必要だと考えています。私は、それは「予測し、逃げる」ことだと考えています。


―「防ぐ」ではなく、「逃げる」?

會澤:
はい、きちんと理詰めで逃げる。これをカタチにできれば、本当の意味で人の命を守る防災になる。発想の原点は、2011年3月の東日本大震災です。

地震の一報を受けたのは、上海支店で会議に臨んでいる最中でした。強いショックを覚えたのを、今でも鮮明に思い出します。とくに滞在先のホテルで見た光景は忘れません。押し寄せる津波と、襲来に気づかずに歩く人々の姿。何もかもを飲み込むあの映像が、今も頭に残ります。あのとき、あの場所で「すぐそこまで津波が来ている! 逃げろ」と伝えることができたら、どれほどの命を救えたでしょう。心底、悔しい思いです。


―そうした思いから生まれた「The Guardian」は、どのようなシステムなのでしょうか。

會澤:
「The Guardian」は、5つの異なるテクノロジーを連携させた「防災システム」です。2021年4月に浪江町と連携協定を結び、JAXAの衛星データ処理を担うリモート・センシング技術センター(RESTEC)と開発を進めてきました。

5つのテクノロジーとは、①発災時に上空から海岸の映像を5時間ライブ中継する「エンジンドローン」、②平時にドローンを格納し発災時も問題なく稼働する「シェルター」、③河川幅の経時変化を把捉する「地球観測衛星」、④最大51時間先の降雨量を1kmメッシュで把握する「気象観測衛星」、そして、⑤河川の堤体の詳細な地形データを含む対象エリア全域のデジタルツインを管理する分散自律型同期座標空間「SYNCWORLD」です。

これらの技術を組み合わせることで、「あなたが今いる場所は、数十時間後に〇cmまで水に浸かる」という情報を利用者のスマートフォンに届ける、世界初のパーソナルな「水害未来予測システム」と言えば、分かりやすいでしょう。

―「The Guardian」のテクノロジーの1つに「エンジンドローン」があります。これもコンクリートメーカーとしては、異色に映ります。

會澤:
「エンジンドローン」の開発も、ごく自然の成り行きでした。当社が取り組む「自己治癒コンクリート技術」から派生した「液体補修剤(自己治癒型補修剤)」は、老朽化したインフラなどに有用です。そこで、橋梁などメンテナンスが必要な箇所に直接、吹き付け施工できるドローンを世界中で探したのですが、残念ながら、どこにもありませんでした。ならば、自分たちで開発しよう、と。課題は、大きく2つです。ペイロード(有効搭載量)と、航続時間。コンクリートのインフラ点検となると非常に長大ですから、少なくとも50kg程度のペイロードはほしい、かつ航続時間も数時間は確保したい。

当初は、2018年から参加している米マサチューセッツ工科大学(MIT)の産学連携促進プログラムのMIT ILP(MIT産業リエゾンプログラム)でMIT副学長のサンジェイ・サーマ教授(機械工学)から紹介を受けて、米ベンチャー企業Top Flight Technologies(TFT)とエンジンドローンの開発を進めていました。

ただ、コロナ禍の影響でTFTでの開発が止まってしまい、国内開発を模索することになったのですが……そのタイミングで幸運にも、自動車メーカーのスズキでエンジン開発を担当していた荒瀬国男さんと出会うことができたのです。意気投合するまで、たぶん10分もかかっていません(笑)。まさに「ご縁」としか言いようがないですよね。

すぐに共同でアラセ・アイザワ・アエロスパシアル合同会社(2020年8月設立)を立ち上げ、2022年10月26日には1,000ccのガソリンエンジンを積んだ機体を発表するに至りました。

ちなみに、サンジェイ教授の愛弟子にあたるTFTのロン・ファンCEOにドローン開発の相談をしていたとき、「長時間飛行できるドローンを開発して沿岸を監視し、それがデータビジネスになれば、新しい防災の仕組みができる」と話したことがあります。彼がそのアイデアに賛意を示し、付けてくれた名前が「The Guardian」。つまり防災にドローンを使う構想は、エンジンドローン開発初期からずっとありました。

5つのテクノロジーが連携する「精密避難支援システム『The Guardian』」。数十年以内に確実に起きるとされる南海トラフ地震や日本・千島海溝型地震による巨大津波、さらには激甚化する一方の豪雨災害に対する備えとして、會澤高圧コンクリートは新規に防災テック市場に参入。2024年春に福島県浪江町で第一弾として実装予定。

脱炭素社会に向けて、業界をリード

―先ほど、「脱炭素社会の実現のために、コンクリートは使うべきでない」という意見があるとおっしゃいました。御社が取り組む「NET ZERO 2035」とあわせてご説明いただけますか。

會澤:
二酸化炭素(CO2)排出では自動車の排気ガスがよく注目されますが、製造業から排出される量も相当多い。2020年度における日本のCO2総排出量11.5億トンのうち、24.3%が産業分野です。とくにコンクリートの主原料であるセメントについては、石灰の焼成過程で1トンを生産するのに約0.8トンのCO2を排出しており、この問題と真剣に向き合わないと業界は道義的に存在そのものを許されなくなります。

そこで2019年より当社では、「脱炭素第一(Decarbonization First)」を掲げ、2022年には、2035年までに温室効果ガス(GHG=Greenhouse Gasの略)のサプライチェーン排出量を実質ゼロにする「NET ZERO 2035」にコミットメントしました。

※ 環境省「2020年度温室効果ガス排出量(確報値)概要」より


―なぜ、目標達成年が2035年なのでしょうか。

會澤:
じつは、2035年というのは、ロジカルに導き出した目標ではありません。今が2022年で、10年では難しい、しかし20年もかけては遅すぎると考えたとき、たまたま当社の100周年が2035年であることに改めて気づき、その年をゴールに決めました。目に見える、具体的な目標設定は何を成し遂げる場合にも絶対に必要です。目標を定めロードマップを作成することで、どの部分がどれだけ足りないか、どういう技術開発が必要なのかが明確になります。つまりバックキャスト的な思考です。自分自身が責任を負える時間軸であることも重要な要素です。

いま企業にとって、ESG(環境[Environment]、社会[Social]、企業統治[Governance])は経営の極めて重要な要素です。もはや世界では、「2050年にカーボンニュートラルを達成します」といっても相手にされません。重要なのは、「2050年から何年間、前倒して達成できるのか」です。そのためには、「今日どれだけCO2を減らせたか」をきちんと記録して公表することが必要となり、当社はCO2削減量の根拠となる証跡データをNFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)として発行し、GHG削減量(=カーボンクレジット)の「証明書」として利用する仕組みもつくりました。

2023年3月末に向けてプレキャストコンクリートメーカー50社とレディミクストコンクリートメーカー50社をパートナーに選び、脱炭素の軸にした相互の技術提携「aNET ZEROイニシアティブ」を強力に進めています。

イノベ構想は、すでに具現化するフェーズへ

―最後に、福島イノベーション・コースト構想に期待することを教えてください。

會澤:
名称に「構想」とありますよね。あえて厳しく言えば、「構想」の響きからは、どこか「自分ごと」とは遠い印象を持ってしまいます。それは、もったいない。それに、今はすでに構想から「具体化」する段階にあると考えています。

自らが主体者となって事業を進める――。「福島RDMセンター」は、まさに私たちの構想や地域の構想を具現化する場です。私たちがカタチを見せ、それが誰かの心に火を付けて、行動を後押しする。その一手が次の一手を誘発するように、誰かの活動が別の誰かを動かす。それが続く先に、このエリアの復興があると信じています。

欲を言えば、私たちの活動や発信がエンジニアや起業家の行動を後押しして共創につながれば、最高にうれしい。国内に限らず、海外のプレーヤーの参画も期待しています。異業種、他分野のチームが積み重なることで、より大きなインパクトが生まれます。とくに若い世代は、この場での共創をきっかけにどんどんと海外に出て、刺激を受けて、知見を深めてもらいたい。「構想」という単語が持つ意味はどうであれ、福島イノベーション・コースト構想には、今後もそういう場であり続けてほしいですね。

會澤高圧コンクリート

1935年、北海道で創業したプレキャスト、生コン、パイルを手掛ける総合コンクリートメーカー。本社は苫小牧市。Innovate・Challenge・Trustの理念のもと、コンクリートマテリアルと先端テクノロジーを掛け算し、新たな企業価値の創造に取り組んでいる。バクテリアの代謝機能を活用してひび割れを自ら修復する自己治癒コンクリート(Basilisk)やコンクリート3Dプリンターなどの新機軸を、MITやTuDelft等の欧米トップ大学との産学協力をテコに数多く打ち出し、伝統的な素材産業からスマートマテリアルを基軸とするイノベーション・マーケティング集団へと転換を図っている。2022年3月末の売上高は203億円。