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日本全国に約900万人いる隠れSAS(睡眠時無呼吸症候群)患者を救う
――株式会社ALAN・近藤崇弘氏インタビュー

2025年12月18日

近藤 崇弘さん

株式会社ALAN 代表取締役
医師、博士(医学)
慶應義塾大学医学部 整形外科学教室 特任助教

2009年に聖マリアンナ医科大学卒業後、慶應義塾大学大学院にて博士(医学)を取得。特任助教として医工連携研究に5年間従事した後、2019年より慶應義塾大学医学部助教に就任。プロジェクトリーダーとして主に神経科学とリハビリテーションに関する多くの研究課題に取り組む。その後、研究で得た知見・スキルを社会実装することを目的に、2021年2月に株式会社ALANを創業。研究論文をこれまでに15報発表。著書(共著)として『医療 × 起業』(メディカ出版)を2024年に出版。

日本に約900万人いるとされる睡眠時無呼吸症候群(SAS)患者の多くが未治療のまま放置されている現状を打破すべく、近藤崇弘氏は株式会社ALANを設立。同社はAI解析による睡眠評価デバイスや3Dプリンターを活用した低価格マウスピースの開発、効果予測システムの構築、そして医科歯科連携を推進していくための革新的なプラットフォームの社会実装に挑戦している。福島県の「地域復興実用化開発等促進事業費補助金(イノベ実用化補助金)」を受けて進出した福島県浜通り地域との共創を進めながら、SAS治療の新たな可能性を切り拓いている。

研究者から起業家へ――COVID-19パンデミックがもたらした転機

近藤:
たとえ大きな発見ではなくとも、患者に役立つ研究成果が学術研究の世界にはたくさん存在します。ところが、それらの大半が社会で活用されていません。20年前の技術であっても臨床現場に届いていないというのが現実です。
かつては私自身、医師であり研究者でもあった野口英世に憧れて、病気の治療につながる発見を目指していましたが、脊髄損傷のリハビリテーションや脳科学などの分野で研究を進める中、研究と臨床のギャップに気が付きました。

こうしたギャップは、研究者の意識やビジネス化に関する知識不足に起因する。研究者は多様なシーズ(技術・アイデア・ノウハウ)を持っているが、それをどう収益化するかという視点が欠けていると言わざるを得ない。
様々な研究成果の社会実装に貢献することは、自らの使命であるという想いが、胸の内に自然に湧き上がっていった。そんな近藤氏にとって起業への道筋は、思いもしなかった形で開かれたという。2020年3月、研究者としての飛躍を目指してスタンフォード大学への短期留学を予定していたのだが、そこに世界を襲ったのがCOVID-19のパンデミックである。米国主要都市のロックダウンを受けて大学もクローズし、留学は目前で中止を余儀なくされた。
近藤氏は深く落胆したが、この挫折が新たな道を開く転機となったのである。動物実験のために開発していたAIによる行動解析技術が臨床にも応用できるのではないかという話が持ち上がり、慶應義塾大学医学部が主催する健康医療ベンチャー大賞に応募したところ、準決勝まで進出。気持ちは次第に起業の方へ傾いていった。
こうして2021年2月に創業したのが、株式会社ALANである。

イノベ実用化補助金を受けていわき市に支店開設

―起業から2年後の2023年に、ALANは福島県いわき市に支店を構えられています。なぜ福島県を選ばれたのでしょうか。背景と理由を教えてください。

近藤:
慶應義塾大学、筑波大学、大阪大学が共同で行っているアクセラレーションプログラムに参加していた際に、福島県出身のメンターと出会いました。この方から、福島県の『地域復興実用化開発等促進事業費補助金(イノベ実用化補助金)』を紹介していただいたことが、支店開設のきっかけです。いわき市に進出した弊社に対して、まだ何のプロダクトもなかった時期から多くの支援をいただき、コミュニティの一員として受け入れ、スムーズに開発へと踏み出すことができました。
実は個人的なことですが、福島県の浜通り地域に対する心残りがありました。2011年3月に起きた東日本大震災。当時、私は神奈川県内の病院で研修医として働いていたのですが、慢性期の患者を受け入れる立場だったことから、直接被災地に赴いて活動する機会はありませんでした。あの時に何もできなかった自分自身への歯痒さがあり、今度こそ何らかの形で貢献したい、医療分野で役立ちたいと思っています。

放置されたままの隠れSAS患者が抱える生命リスク

―15年越しの思いがおありだったのですね。それでは、2025年度のイノベ実用化補助金に採択されたALANのテーマ、「革新的マウスピース作製技術による睡眠時無呼吸症候群治療プラットフォームの構築」について教えてください。

近藤:
この事業の意義をご理解いただくために、まず睡眠時無呼吸症候群(SAS:Sleep Apnea Syndrome)という疾患そのものの深刻さを知っていただきたいと思います。SASの患者数は日本では2200万人いるとされ、このうち治療が必要な中等症は12%、重症は2%を占めます。つまり日本全体で約900万人が対処を必要としているのですが、実際に治療を受けている方は5~10万人程度にすぎません。ほとんどの患者が放置されているのが現状なのです。
この疾患が見過ごされがちな理由は、自覚症状が乏しいことにあります。「いびきがうるさい」と家族から指摘されても、本人はいつものことだと放っておいてしまいがちなのです。
ですが、この疾患は放置すれば命にも関わる深刻な事態に陥るのです。寝ている間に呼吸が止まると、その間に神経が興奮した状態となります。それを一晩あたり数十回と繰り返すうち、動脈硬化や糖尿病、脳卒中、心筋梗塞へとつながってしまうのです。重症のSAS患者は放っておくと10年後には4割が亡くなってしまいます。
このSASが起きる仕組みですが、眠っている間は筋肉の緊張がゆるみ、舌などが後ろに落ち込んでしまうため、気道(空気の通り道)が狭くなったり、完全に塞がったりすることで、呼吸が一時的に止まります。これが「無呼吸」の状態です。
特にアジア人は顎が小さいことから、太っていなくてもSASを発症しやすいです。また見逃されがちな事実として、更年期の女性は閉経するとホルモンの関係で舌や喉の筋肉が脂肪化するため、痩せていてもSASになりがちです。

マウスピースの普及を妨げてきた3つの課題

―まさに日本社会の“隠れた危険”とも言うべきSASですが、その課題解決に向けて、ALANが行っている取り組みについて、教えてください。

近藤:
私たちはまず睡眠評価装置の開発から着手しました。従来のSAS判定装置である気流の検知・酸素飽和度の記録に加え、心臓のリズムをAI解析することで、ノンレム睡眠(浅い睡眠・深い睡眠)とレム睡眠を判別するアルゴリズムを搭載したウェアラブル型デバイスを開発しました。これを企業や自治体向けに展開し、隠れSASを探していくという戦略です。

そして、このスクリーニングによって発見したSAS患者の治療動線として、マウスピースに注目しました。このマウスピースは「下顎を前方に出す(いわゆる“しゃくれ”させる)」というシンプルな原理により睡眠中にも気道を広げるもので、中等症の患者にも有効性が確認されています。ですが、これまで普及が進まなかったことには、大きく次の3つの理由があります。
1つ目は、医科歯科連携の障壁です。SASを診断するのは医科ですが、マウスピースに効果がないと考える医師が少なくありません。加えて自分たちがCPAP(持続陽圧呼吸療法)などの治療を行うことができるため、わざわざ歯科に患者を流す動機が乏しいのです。
2つ目は、効果予測システムの不在です。マウスピース治療の効果があるかどうかを事前に判断する仕組みがなく、医師も歯科医師も確信を持って勧められません。
3つ目は、マウスピースの価格です。健康保険が適用される上下一体型マウスピースは装着感が悪く、ほとんど普及していません。その結果、特注のマウスピースを試すことになりますが、20万円程度の高額な自費診療となり、負担が重いことから医師も安易に勧められず、多くの患者が諦めてしまいます。

福島イノベ機構の伴走支援を受けたSAS治療プラットフォームの事業化

―ALANで推進しているプロジェクトは、上述の3つの課題をまとめて解決する野心的な試みだと思います。どのように進めているのですか。

近藤:
まず、患者に重い負担となっているマウスピースの価格低減に取り組んでいます。3Dプリンター技術を活用することで、適正価格でのマウスピース製作を実現することを目指しています。

既存の海外製マウスピース

次が効果予測システムの構築ですが、現在、歯科治療などで撮影したレントゲン画像をもとに、解剖学的な観点から患者の気道の状態を把握し、マウスピースの効果をある程度推測することが、現在は可能となってきています。

この分野の研究に先行して取り組んできた弊社の知見を生かし、システム構築にチャレンジしています。技術的なハードルは『下顎をどの程度しゃくれさせるのか』を正確に見極める点にありますが、関連文献のデータベースの整備も完了し、実用化に向けて着実に進展しています。そして、私が見つけたSAS患者を歯科に紹介するという治療動線を確立し、成果を実証することで、医科歯科連携をいち早く始めたいと考えています。

―決して平坦な道程ではないことがよく理解できました。その取り組みに伴走している福島イノベーション・コースト構想推進機構(福島イノベ機構)からは、どのような支援を受けられていますか。お聞かせください。

近藤:
弊社は創業して間もないベンチャー企業です。補助金はいただいていますが、使った費用を後から補填してくれるスキームなので、そもそも手元に資金があまりなく、運転資金の確保という問題を抱えていました。福島イノベ機構がいわき市内の金融機関を紹介してくれたおかげで、つなぎ融資を毎年受けられる体制が整いました。
そして大きな支えとなっているのが「事業化への伴走支援」です。事業の方向性を見定めていくプロセスで、福島イノベ機構のメンターと“壁打ち”を繰り返すことで、SASの有望な市場性が浮かび上がってきました。
また、福島イノベ機構による、福島県内のさまざまな機関や有力企業とのマッチングに関する伴走支援にも、とても助けられています。例えば、ふくしま医療機器開発支援センター(郡山市)や品川通信計装サービス(いわき市)など、製造基盤を持たないベンチャー企業である弊社にとって、これらのパートナーとの連携は今後の事業化に向けた生命線といって過言ではありません。
さらには『メディカルクリエーションふくしま』をはじめとする展示会への出展サポート、サービス展開を見据えた企業紹介など、福島イノベ機構には広報および営業面でも全面的な支援をいただいています。

浜通り地域への産業集積と健康経営の推進で市場を開拓

―今後のプロジェクトを通じて、浜通り地域との共創を本格化させていく計画とお聞きしています。具体的にはどのようなことをお考えか、お聞かせください。

近藤:
中期計画として描いているのは、支店を構えるいわき市にマウスピースを製作する歯科技工所を設立して、全国からの受注を集約し、製作・加工を行い、各地へ製品を供給する生産拠点とすることです。
当面の目標とする年間5,000個のマウスピース製造に対応可能な施設を、いわき市小名浜地域に設置したいと考えています。マウスピース製作にあたっては、まず患者の口腔内をスキャンし、そのデータを3D CADに取り込んでモデリングと設計を行い、3Dプリンターから出力するというプロセスを踏みます。目標とする年間5,000個レベルの生産規模を安定的に維持できれば、浜通り地域にサプライチェーンが構築され、さらには地域産業連携の実現も可能と考えています。
睡眠評価デバイスにとどまらず、口腔内スキャナーや3Dプリンターなど周辺機器の設計・開発・製造までを地域の製造業と協業し、浜通り地域への産業集積を実現できればと思っています。そのような技術協力が進めば、歯科がSAS患者を発見し、医科につなぎ、さらにその診断結果を受けてマウスピース製作へ進むという、新たな形の医科歯科連携に発展する可能性があります。

―SAS治療プラットフォームの事業化の鍵として近藤先生が考えられているのが、健康経営との連携とのことですが、詳しくお聞かせください。

近藤:
健康経営は、「従業員の健康増進への投資は、組織の活性化、生産性向上、業績向上、企業価値向上などにつながる」という考え方に基づき、経済産業省が中心となって2014年から推進している国の施策です。私は、この取り組みを支援する専門医の学会として2023年に設立された「日本健康経営専門医機構」の理事に就任しました。同機構のミッションとしても、各企業や自治体に対するSASの啓蒙活動および隠れ患者の発見は大きなテーマで、結果としてALANの事業にもつながっています。
私は医師として医療現場の苦しさもわかっていますし、研究者として最新テクノロジーが持つ可能性も把握しています。だからこそ患者の皆様にとって、経済的にもより負担の軽い形で、SASのリスク軽減に貢献したいと思っています。
繰り返しになりますが、SASの治療を必要とする潜在患者は日本全体で約900万人存在すると推定されていながらも、実際に医療の手が差し伸べられているのは、わずか5~10万人に過ぎません。
私たちALANはこの“隙間”を埋める革新的なSAS治療プラットフォームを福島県浜通り地域から生み出し、新たな医療の市場を開拓していきます。

(取材日:2025年10月31日)

株式会社ALAN

2020年の新型コロナウイルス感染症の流行を契機に顕在化した研究業界や医療現場の課題に向き合うべく、3名のメンバーにより2021年2月に創業。以来、原因や治療法が未解明の疾患に苦しむ患者に寄り添い、医工連携チームであることの強みを活かして、高度な技術開発から臨床応用までを一気通貫で担う。次世代医療機器・ヘルスケアサービスの提供を通じた、患者さんたちが「いつでもどこでも」自分らしく生活できる社会の実現に向けて、研究知見の社会実装と革新的ソリューションの早期普及を目指す。

福島イノベーション・コースト構想推進機構による支援:
・2022年度、2023年度、2024年度 福島県「地域復興実用化開発等促進事業費補助金」(事業計画名:睡眠障害の見える化と最適な治療選択のための睡眠評価システムの開発)
・2023年度 「Fukushima Tech Create」アクセラレーションプログラム採択(事業名:運動症状を可視化するAIナビゲーションによる神経内科領域の遠隔診療の社会実装)
・2025年度 福島県「地域復興実用化開発等促進事業費補助金」(事業計画名:革新的マウスピース作製技術による睡眠時無呼吸症候群治療プラットフォームの構築)

Hama Tech Channelとは

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