
芳賀沼 伸さん
株式会社芳賀沼製作(福島県南会津町) 取締役会長
福島県生まれ。欧州や北米での遊学を経て、2018年に芳賀沼製作4代目就任。日本初のログハウス村「はりゅうウッド村」や林業会社「はりゅう林業」の立ち上げなど森林資源を生かしたまちづくりや地域活動に尽力。

石子 達次郎さん
株式会社日進産業(東京都板橋区) 代表取締役
1977年、大学在学中に日進産業を創業。1989年に塗布式断熱材の研究開発に着手。2005年にJAXAとの技術提携により、高性能断熱塗料「GAINA」の開発に成功。

渡邉 洋一さん
合同会社良品店(福島県南会津町) 代表社員
建築を学んでいた大学時代に芳賀沼さんらの木造建築のプロジェクトに参画した縁で良品店に入社。4代目代表として木造建築構法「タテログ」の技術開発や企画・コンサルティング、研究開発等に従事。
薪ストーブの煙突が共同研究のきっかけに
―福島県内に拠点を置く芳賀沼製作さん、良品店さんと、東京都板橋区の日進産業さんが協業することになったきっかけを教えてください。
石子:
芳賀沼さんとは2019年に共通の知人を介して知り合い、すっかり意気投合してバーベキューにご招待いただいたことがあります。そのときに薪ストーブの話題になり、「ストーブ本体は800~1000℃あり、一重煙突だと600~700℃、二重でも270~280℃になる」と伺いました。「当社の『GAINA®』を塗布すれば、煙突も触れるようになりますよ」と申し上げたのが、すべての始まりでした。当初は煙突がテーマでしたから「チーム・チムニー」と名乗っていましたね。
芳賀沼:
煙突に触れると聞いたときは半信半疑でしたが、実際に塗ってもらうと本当に触ることができて驚きました。触れるということは煙突での放熱が抑えられているということです。炉本体が冷えづらくなり、熱をコントロールしやすくなれば薪が長持ちします。そんな考えから発展して、もしかすると『GAINA』は防火にも応用出来るのではと思い、試しに塗料を塗った木材を燃やしてみると、通常12分程度で燃え尽きるサイズの木材が、45分以上も燃え続けました。まるで魔法のような出来事で、そこから研究開発にのめり込んでいったのです。
渡邉:
私が代表を務める良品店はそもそも芳賀沼さんのお兄さん(芳賀沼養一氏)が設立された会社です。現在は芳賀沼製作さんと連携し、縦ログ・パネルログ構法「タテログ®」の技術開発などに取り組んでいます。柱材を縦に並列して、木質構造用ねじで留め付けてパネル化し、建築部材として使用する「タテログ」は良い技術なのですが、広く普及させていくにはいくつかの課題があり、その1つが耐火性能でした。芳賀沼さんから石子社長のお話を伺って、「GAINA」ならば課題解決につながるのでは、と実験を始めたことが両社との協業につながり、今回の耐火木質パネルの研究開発に取り組むきっかけとなりました。

柱材を縦に並列して、木質構造用ねじで留め付けてパネル化し、建築部材として使用する「タテログ」構法。
石子:
木材に「GAINA」を塗ると燃えにくくなることは分かっていました。薪ストーブの実験でも燃えにくかったので、耐火木質パネルへの応用は簡単だろうと思ったのですが、実際はそううまくいかず、まったく新しい技術開発となりました。
―ベースとなる「GAINA」は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)との技術提携で開発されたそうですね。
石子:
当社は1989年から独自に塗布式断熱材の研究開発に取り組み、「GAINA」の前身となる製品を提供してきました。転機は2005年、JAXAによる知的財産の民間移転のための技術提携第1号に当社が選ばれたことです。自社で長年培ってきた技術をベースに、JAXAが開発した断熱技術を応用し、断熱セラミック塗材「GAINA」を完成させました。基盤技術の9割が自社開発とはいえ、JAXAの技術導入製品として打ち出すことで、多くの方に注目していただけたのがありがたかったです。
誰もが自由に使える建築資材を作りたい
―「タテログ」で耐火性能が課題になっていた理由を教えてください。
芳賀沼:
いわゆるログハウスは木材を横積みしますが、「タテログ」は国産無垢材を一定の大きさに切り揃えて縦に並べ、木質構造用ねじ(ビス)で緊結してパネル状にして使用します。国土交通大臣認定の60分準耐火性能を有し、火に強いことは立証されていますので、南会津を中心に多くの施工実績があります。ただ、耐火性能にも種類があり、耐火建築物と準耐火建築物では仕様が異なるのです。
渡邉:
耐火建築物は鎮火後も建物が崩壊せずに自立し続けることが必須です。他方、準耐火建築物は火災で燃えている間は崩壊・倒壊しないことが求められます。地方都市では準耐火建築物で良いケースがほとんどです。しかし、都市部や大規模建築物の場合は耐火建築物でなければ認可がおりません。現状の「タテログ」は準耐火建築物に対応していますが、広く普及促進を図るには耐火性能を更に高める必要がありました。
―耐火性能を高めるには、どのような方法があるのでしょうか。
渡邉:
石膏ボードを使った工法が一般的で比較的安価ですが、木材の使用量や炭素排出量などについては、議論が残っております。「タテログ」は木材と塗料をふんだんに使用してパネル化し、高品質な商品を効率的に製造し、現場作業の工期を大幅に短縮することでリーズナブルに施工できることが特長の1つです。
石子:
実は当初このプロジェクトに参画するつもりはなかったのですが、その話を聞いて考えが変わりました。社会に出てすぐに起業し、研究開発に打ち込んできた私にとって、独自の発明品ではないのに、汎用品の石膏ボードを使った防耐火対策に高額費用を支払わなければならないことが疑問に思えたのです。何のために仕事をするかと言えば、「社会を幸福にする」ためであり、「家族や周囲を幸福にする」ためです。それには自分も幸福でないといけませんから、誰もが適正価格で使える技術にしようと、こうして志を同じくする“世界一の零細企業”3社が集まって取り組んでいるのです。
タテログ構法、断熱セラミック塗材「GAINA」が塗装されたモデルハウス。宿泊体験も可能。
―防耐火対策は社会的意義も大きいので、自由に使えることが理想ですね。そのほか研究開発を進める上で、こだわった点を教えてください。
渡邉:
製品はシンプルであるべきと考えて、塗料と木材の組み合わせに決めました。木材は樹種や厚みによって燃えやすさが変わります。例えば、同じサイズのマツとスギを比べると、スギの方が燃えやすいですが、薄いマツの板と厚いスギの板ならば、マツの方が燃えやすい。また、木材は燃えて炭化すると燃えづらくなる性質を生かし、火災時に炭が断熱材として機能することを計算に入れる必要もあります。ただ、木材は炭化しても燃え止まることはないので、火事の炎を和らげて、かつ自ら積極的に燃焼しないように1ミリ単位で木材の厚みの調整を行いました。
耐火性能試験に必要な実験炉を整えたことで加速
―塗料についてはどのような工夫を重ねたのか、教えてください。
石子:
「GAINA」は断熱性を備えたセラミック塗材で、遠赤外線を放出し、冷ましながら熱を逃がす機能を備えています。当初はそういった既知の性能を高めればよいと考えていました。しかし、1時間の耐火性能試験では試験炉で炎を1時間当てた後、そこで数時間放置されます。炉内の温度は1000℃から300℃弱まで下がりますが、その間も熱が入り続けるため木材が燃えだしてしまい、断熱性能や遠赤外線の放射特性だけでは対処できませんでした。
そこで、ひらめいたのが水でした。「GAINA」に水蒸気を発生させる物質を混ぜ込むことで、耐火性能を高めることに成功しました。ポイントは水蒸気が出るタイミングです。常温で出てきても困りますし、木材が燃えだしてからでは遅過ぎますから、200℃位で水蒸気が発生するように設計しました。消火にはやはり水が効果的だったというわけです。
芳賀沼:
簡単に説明されましたが、石子さんじゃなければできなかった技術ですよ。
石子:
ものづくりは100の失敗の上に1つの成功がある世界で、最初から成功するなんてあり得ません。芳賀沼さんたちがたくさんのデータをお持ちでしたので、それを生かせたのが良かったのだと思います。さすがに1回目の耐火性能試験は失敗でしたが、2回目は1時間どころか2時間も耐えましたからね。ここまでは手弁当で研究を重ね、その後は自前の実験炉が完成してから再始動しました。
―自前の実験炉とはどのようなものですか?
芳賀沼:
「イノベ実用化補助金」を活用し、30cmの実験炉と1mの実験炉を開発しました。1mの炉は本試験で使用するものと同等の性能が図れ、大手企業を除けば、日本でこれほどの炉を持っているところはほとんどないと思います。石子さんはテストのために東京から福島県まで頻繁に通ってくださいましたし、自分たちで実験炉を持とうと補助金の申請から運用まで尽力された渡邉さんの功績も大きいと思います。
渡邉:
建築基準法上は、国の防耐火性能試験に合格すれば火事に強い木材とされます。ただ、些細なミスでも不合格になった製品は二度と同じ試験を受けられないので、確実に合格するには事前に完成度を高めておくことが重要になります。中小・零細企業は大手と違って自前の炉を持たないので、業者さんの炉を借りて実験するわけですが、相応の費用と時間がかかりますし、資材の運搬も楽ではないので、回数を重ねられません。自前の炉があれば何度でも自由に実験でき、試験直後の状態を検証して議論できますから、試験に合格するためには必要不可欠だと考えました。
森林資源を守るには建築用途拡大が重要
―自前の実験炉を得てから、どのような研究開発に取り組みましたか。また今後に向けての展望をお聞かせください。
石子:
木材をリボン状に削ってセメントで固めた木毛セメント板を使うことが決まり、「GAINA」を塗布して実験したところ、何度か燃焼してしまいました。原因は木毛セメント板の細かな隙間でした。隙間があることで調湿性が生まれるのですが、隙間から炎が突き抜けて裏側に達すると、何をやっても燃えてしまうのです。そこで、800℃超の高温にさらされるとガラス状になる膜を重ね、仮に一層目を炎が通り抜けても溶けだしたガラスが炎を食い止めるように改良しました。この仕様で、2025年2月に1時間耐火大臣認定試験に合格しています。
ただ、実験炉ではその後もいろいろと試みており、断熱材と「GAINA」だけでも成功しています。将来的にはよりシンプルな耐火木質パネルを提供できればと思っています。
芳賀沼:
資源の少ない日本では森林と水が貴重な資源なのに、近年までは、木材建築が軽視されて、大学ではほとんど扱われてこなかった実態があり、鉄とコンクリートが時代をリードしてきました。このままでは林業が途絶えてしまう危機感を抱いています。林業離れが進んだ理由は木材が売れず儲からないからです。昨今はカーボンニュートラルやSDGsの影響で再注目されつつありますが、木質バイオマスの原料に使っても木材の価格は上がらず、林業の価値も上がりません。この状況を打開するには建築で木材を使うことが最善であり、それには私たちが開発した技術が必要なのです。
渡邉:
タテログの防耐火性能に関する製品づくりには、まだまだ色々なアイデアがあり、それらの検証を耐火試験炉で行っています。いろいろな社会課題があるなかで建築にできることは木造建築を増やすことであり、植林しながら木材を活用して森林を守ることだと思います。林業が活性化すれば就業希望者が増えますから、木造建築の推進は地方創生とも相性が良いはずです。私たちの実験はそのためにあります。
芳賀沼:
今回の耐火木質パネルは建築物の構造用でしたが、不燃性の資材が必要な室内の床や壁、天井にはまだまだ高額です。また、木材には色の変化やシロアリ被害、腐食などの課題もありますが石子さんの技術で解決できるのではと期待しています。
石子:
解決可能だと思います。現在は耐火木質パネルを作る際に特殊な機械で圧力をかけていますが、通常環境下で木材に不燃性材料を浸み込ませる実験を重ねています。この技術が確立されれば製品価格が下がりますが、そのための設備投資が必要で、簡単ではないかもしれません。ただ、当社の社是「子や孫に誇れる仕事をする」になぞらえれば、このチームが考えるべきことは「子や孫に残せる技術を開発する」ことだと思っています。
渡邉:
その他、木造建築の永遠の課題と言われている紫外線や雨による劣化・不燃性・耐久性のうち、劣化と不燃は塗料でないと解決できないと思いますから、そのための技術開発を続けていきたいですね。
また、当社は過去に別件で福島イノベーション・コースト構想推進機構(イノベ機構)さんにご支援いただいたこともあり、ご縁を感じています。イノベ機構さんは補助金だけでなく販路開拓や知財戦略などの相談にも対応してくださるので、今後も連携できればと思います。
芳賀沼:
林業を生業とするためには木材の7割を建築で使う必要があります。それにはまず木材を建築で使い、次は家具、その次は日用雑貨。枝や葉っぱはアロマにして、最後に残ったものを木質チップにするのが理想。林業を持続可能なものとするために、このネットワークを大事にしていきたいと思っています。
株式会社芳賀沼製作
1954年創業以来、福島県南会津町にて地域木材を活かしたオリジナルの建築構法の開発・普及に取り組んでいる。東日本大震災時にはログハウスタイプの木造仮設住宅(グッドデザイン金賞2012受賞)約600戸を手掛け、この時の経験をもとにタテログ構法を開発。近年、さらに山林資源の価値を高めるため日々進化させている。
福島イノベーション・コースト構想推進機構による支援:
・2016度、2017年度、2018年度 福島県「地域復興実用化開発等促進事業費補助金」採択(事業計画名:縦ログ構法に関する技術開発と縦ログ生産ネットワーク体制の構築) ※合同会社良品店、有限会社たむら農建との共同開発
・2022年度、2023年度、2024年度 福島県「地域復興実用化開発等促進事業費補助金」採択(事業計画名:木材利用促進のための塗料の研究開発) ※株式会社日進産業との共同開発
株式会社日進産業
創業当初は物流機器事業を展開。2005年にJAXAと断熱材技術でライセンス契約を結び、翌2006年に高機能断熱塗材「ガイナ(GAINA)」の販売を開始。現在は、遮熱・断熱・耐火などの技術を応用した塗料、建材、生活関連製品の研究開発・販売を中心に事業を展開している。2017年度省エネ大賞受賞。国際連合工業開発機関(UNIDO)がGAINAを国連が推進するSDGsに貢献する技術として環境技術データベースに登録。
福島イノベーション・コースト構想推進機構による支援:
・2022年度、2023年度、2024年度 福島県「地域復興実用化開発等促進事業費補助金」採択(事業計画名:木材利用促進のための塗料の研究開発) ※株式会社芳賀沼製作との共同開発
合同会社良品店
2014年に設立。主に木造建築の構法である「タテログ構法」に関する総合的な業務(構法・機械の販売、企画・コンサルティング、研究開発等)を行っている。富岡産業団地では、「タテログ構法」の生産、加工、卸、研究開発を行う。第9回ものづくり日本大賞にて、東北経済産業局長賞を受賞。
福島イノベーション・コースト構想推進機構による支援:
・2016年度、2017年度、2018年度 福島県「地域復興実用化開発等促進事業費補助金」採択(事業計画名:縦ログ構法に関する技術開発と縦ログ生産ネットワーク体制の構築) ※株式会社芳賀沼製作、有限会社たむら農建との共同開発
・2020年度、2021年度、2022年度 福島県「地域復興実用化開発等促進事業費補助金」採択(事業計画名:パネルログ構法に関する新商品の研究開発) ※株式会社木の力との共同開発
Hama Tech Channelとは
豊かな未来を切り拓くリーダーとテクノロジーにフォーカス。
「社会を良くする」力強い変革を応援する、福島発・未来共創型メディアです。
「福島イノベーション・コースト構想」の一環として、
地域の未来を切り拓く取り組みを発信しています。








