水素燃料電池開発からサプライチェーン構築まで
「小さな水素社会」の実現を目指す
──OKUMA TECH・李顕一氏インタビュー
2026年02月04日

李 顕一さん
OKUMA TECH株式会社 代表取締役社長
カリフォルニア州立工科大学でエンジニアリングを学ぶ。卒業後、童夢にて国産レーシングカーの設計およびレースエンジニアを担当。2011年より、豊田自動織機にてトヨタ自動車のMIRAI向け水素循環システムを開発するコンプレッサ技術企画部に所属し、部内を横断する立場で様々なコンプレッサの技術企画を担当。2017年より、楽天グループのドローン事業部にて技術企画を担当。福島県南相馬市およびローソンと共同で商品配送実証実験にも従事。また、特殊センサーを搭載したドローンでゴルフ場の芝生病害検知と散水マネジメントサービスを開発。また、自動農薬散布および土壌センシングサービスの開発も行う。2021年4月、ドローン業界の精鋭を集め、OKUMA DRONEを設立し、社長に就任。
大熊町との縁から始まった創業と、水素ドローン開発への挑戦
―創業当初はOKUMA DRONEという社名でした。この会社はどのような経緯で設立したのでしょうか。
李:
私は、2017年から楽天グループのドローン事業部で技術企画を担当していました。そこでローソンと共同で行ったドローンデリバリープロジェクトに参加し、福島県南相馬市で行った実証実験をきっかけに福島県の浜通りとご縁ができました。
その後、独立したいという長年の思いを叶えるため、2019年に東京でドローンの技術コンサルティングを行う会社を設立しました。その会社を経営していた頃に共同創業者の川口眞史からドローンの専門家として大熊町復興プロジェクトに誘われ、その場で後にこの会社を立ち上げるメンバーたちと出会って2021年にOKUMA DRONEを設立し、大熊インキュベーションセンターに入居しました。創業メンバーの中には大熊町出身者もいます。
―OKUMA DRONEはどのような事業を行う会社だったのですか。
李:
OKUMA DRONEの主な事業内容はドローンのコンサルティング全般で、事業コンサル、技術コンサル、技適(技術基準適合証明)コンサルなどで、広範囲にカバーできることが強みでした。そのうえで、新規事業として検討していたのが、水素燃料電池を搭載したドローンの開発です。従来のドローンに使われているリチウムイオン電池はエネルギー密度が低く、航続時間が限られてしまいます。水素燃料電池であればその課題を克服することができ、排出されるのは水蒸気だけですからガソリンのような環境負荷もかかりません。
2022年には福島イノベーション・コースト構想推進機構(以下、福島イノベ機構)の「Fukushima Tech Createプログラム(通称及び以下、FTC)」に採択されて、自社で水素ドローンを開発することができました。さらに、福島県の「地域復興実用化開発等促進事業費補助金(通称及び以下、イノベ実用化補助金)」にも採択され、ドローン機体と水素燃料電池で60kg、積載重量40kg、合わせて100kgもの大型水素ドローンも開発できました。私たちが開発した水素ドローンを使って、未除染住宅家屋や建造物の3Dマッピング測量や重量物の輸送など、大熊町でいくつもの実証実験を行ってきました。
ドローンの「OKUMA DRONE」から水素燃料電池の「OKUMA TECH」へ
―2025年6月、OKUMA DRONEからOKUMA TECHへ社名を変更したのはなぜですか。
李:
まず、水素ドローン開発を事業にするには、燃料電池から自分たちで作る必要があると考えました。最初に開発した水素ドローンは海外製の燃料電池を購入して使っていたのですが、気温が10℃以下になると出力しなくなってしまうという大きな問題がありました。福島ロボットテストフィールドで実施した初フライトテストでは、試験場内のヒーターをフル稼働して燃料電池の動作温度を下げないようにして飛ばしていたのです。その動作温度の問題をどうにかクリアしようとイギリスのメーカーに直接掛け合ったのですが、何カ月経っても対応してもらえず、ならば自分たちでやろうということになりました。
好運なことに、その頃、福島イノベ機構の紹介で現在の当社CTO(最高技術責任者)の津田
こうなると“ドローン”が付いたという社名では相応しくないので、より幅広く事業展開するために社名を「OKUMA TECH」と変えました。
―御社が開発した水素燃料電池の特長を教えてください。
李:
2024年から本格的に水素燃料電池の研究開発を始めました。元々はドローンに搭載することを目的としていた水素燃料電池ですが、ドローンに限定することなく、ほかの様々な用途にも使えます。その一つとして考えたのが発電機です。従来の燃料電池を使用した発電機は大掛かりな定置式のものがほとんどで、使用シーンが限られてしまいます。そこで私たちは、可搬式の水素発電装置を開発し、2025年7月から受注を開始しました。産業技術総合研究所や島根電工などから水素製造装置や水素発電装置の受注をしています。
―開発にあたって特に苦労したのはどのようなことですか。
李:
当社の津田は、十数年にわたって水素燃料電池を開発してきた実績があるので、可搬式発電装置の開発にはそれほど苦労しませんでしたが、水素発電装置を作るにはガソリン発電機の何十倍ものコストがかかってしまうことが課題でした。
コストを上げる要因となっているのは、水素と酸素の反応を促進する上で不可欠なプラチナ触媒です。この触媒に高価な金属を使わないで済めば、かなりのコストダウンが見込めます。そこで私たちは東北大学発スタートアップのAZUL Energy(アジュールエナジー)との共同開発により、インク(AZUL色素)を使った非金属の触媒「セルスタック」を開発しました。この触媒を使った燃料電池の開発を進めているところです。
可搬式水素発電装置は、定格出力1kWおよび3kWの2モデルをラインアップ。
どちらも手押し台車型の可搬式デザインで、工事現場やイベント、避難所、医療施設や福祉施設など、さまざまな場面での電源供給を想定したモバイル型水素発電装置となっている
「粉体水素」を活用することで、水素の様々な課題を解消
―可搬式水素発電装置、水素燃料電池の開発が進んでいるようですが、現在特に注力していることはありますか。
李:
先ほど話した通り、ドローンに使う水素燃料電池には低温で出力しないという弱点があります。その弱点を克服するため、高い温度をキープできないかと考えてきました。
そこで今「粉体水素」を使う方法を開発しています。現在使われている水素は、マイナス253℃の極低温で運搬・貯蔵する液化水素と、特定高圧ガス取扱主任者のみ扱える高圧水素しかありませんが、どちらも扱いが非常に難しく、水素エネルギーの普及を阻害する要因にもなっています。
水素を粉末状にした「粉体水素」は、ホウ酸に水素を吸着させた化合物(水素化ホウ素ナトリウム)により常温・常圧で運搬・貯蔵することが可能で、水を加えれば加水分解により高濃度の水素を発生させることができます。まずは、ドローンに水素発生装置を搭載する仕様を目指しています。水を入れると水素と同時に熱を発しますので、ドローンを飛ばしながら、発生した水素を電力として使い、併せて発生する熱でその燃料電池を温めるという仕組みです。水素の発生装置はかなりコンパクトに作れるので、ドローンを通じて水素の燃料電池の低温問題を解決できるのではないかと考えています。
―粉体水素は他にも応用できる可能性がありそうですね。
李:
そうですね。粉体水素は体積エネルギー密度(体積当りに蓄えられるエネルギー量)が液化水素の4倍もあるので、その分コンパクトで軽量になり、ドローンやモビリティに搭載しやすいといえます。モビリティといっても水素自動車ではなく、農業機械や建設機械など水素ステーションにアクセスしにくいモビリティに使用できると良いのではないかと思っています。
また、粉体水素は常温・常圧で運搬・貯蔵できることから、カートリッジに入れて運び、どこでも大量に貯蔵できるというメリットがあります。この形であればコンビニエンスストアで販売するなど、水素エネルギー普及における課題解決にもつながるのではないでしょうか。
粉体水素については海外展開も視野に入れています。すでにいくつか相談を受けていて、サプライチェーンの構築を含めて、積極的に進めていこうとしているところです。
水素エネルギーの循環型社会に向けた第一歩を踏み出す
―福島イノベ機構の支援は御社の活動にどのように影響しましたか。
李:
設立直後からFTCに採択していただいたおかげで、水素ドローンを開発ができました。その後の可搬式水素燃料電池やセルスタックの研究開発についても、イノベ実用化補助金があったからこそ実現できたと考えています。そして、福島イノベ機構を通じて津田をはじめとした当社のキーマンたちと出会えて、水素燃料電池の開発が一気に進みました。
最近は主に人脈づくりの面で、福島イノベ機構との関係がさらに深くなっていると感じます。そうしたつながりから、福島県とエネルギーエージェンシーふくしまと共同で「地産地消型の小さな水素社会構築ワーキンググループ(WG)」を設立し、2025年3月にキックオフイベントを開催しました。このWGは当社が提唱する「小さな水素社会」を実現するための仕組みづくりに向けて、多方面から議論し、方向性を考えていくものです。現在は、大熊町、浪江町、長崎県に加え、全国20社を超えるエネルギー関連企業が参加しています。
―小さな水素社会WGは何を目的とした活動なのでしょうか。
李:
目指しているのは「水素の地産地消」です。再エネが普及しつつある一方で、電力の需給バランスを保つための出力制御によりかなりの余剰電力が生じてしまいます。そこで、例えば太陽光発電の余剰分を有効活用して水素を作り、その水素を地域で販売して水素エネルギーとして活用するという循環を考えています。
―このWG発足については、2024年10月に福島県主催の再エネ産業展「ふくしま再生可能エネルギー産業フェア(REIFふくしま)」で発表されました。福島県ともかなり強固なつながりがあるようですね。
李:
福島県や県内自治体の方々からドローン事業を始めた頃から多くの支援をいただいています。大熊町や浪江町と地域連携協定を締結する際やイノベ実用化補助金の申請時など、通常であれば数カ月ほど要するところを数週間で対応してくれます。私たちのようなスタートアップにとっては、スピーディな対応が何よりもありがたいです。
水素エネルギーやドローンを開発する上でのメリットもかなりあります。特に浪江町は水素エネルギー関連に特化した実証実験を多数行ってきた実績があり、法制度や設備面での環境整備が極めて充実しています。私たちが実証実験について相談したときも大変協力的で、すぐに対応してくれました。
OKUMA TECHが入居している「CREVAおおくま」。
福島県大熊町のJR大野駅前に2025年3月15日にオープンした、産業交流とコミュニティ交流を目的とした施設
―これから新たに取り組もうとしているのは、どのようなことでしょうか。
李:
この度、自立・帰還支援雇用創出企業立地補助金(地域経済効果立地支援事業)第5次公募に採択され、大熊町の中央産業拠点に水素燃料電池を製造する自社工場を建設することになっています。この工場では粉体水素を使ったドローンの開発や製造なども行う予定で、2027年4月の稼働を目指しています。
工場ができれば地域の雇用創出にもつながりますし、研究開発を任せられる技術者も積極的に採用したいと考えています。水素燃料電池を開発するには、化学、電気、機械など多岐にわたる専門知識が必要です。そのための人材育成も視野に入れているので、福島県内の大学、高専などの学生にも来てほしいと思っています。
現在の水素エネルギーには製造コストやサプライチェーンなどの問題がある一方で、粉体水素を使うことで「小さな水素社会」の実現に一歩近づくと思っています。大熊町をその拠点にできればと考えていますので、ぜひこれからも様々な方々と連携して取り組んでいきたいと考えています。
(取材日:2025年12月11日)
OKUMA TECH株式会社
OKUMA TECH株式会社は、水素エネルギーの利活用を通じて持続可能な社会の実現を目指すテックベンチャー。「技術の革新を、社会の変革へ」を掲げ、独自の非金属触媒技術を用いたセルスタックや、可搬式水素発電装置の研究・開発を行っている。
ドローン事業を前身とし、水素燃料電池を搭載した「長時間・長距離・重量輸送」が可能な産業用ドローンの開発に加え、現在は自治体や企業と連携した「地産地消型の小さな水素社会」の構築を推進。水素の製造から利用まで、サプライチェーン全体を支えるソリューションを提供している。
福島イノベーション・コースト構想推進機構による支援:
・2022年度「Fukushima Tech Create」ビジネスアイデア事業化プログラム(事業名:産業用ドローン向け高効率水素燃料電池システムの開発)
・2023年度「Fukushima Tech Create」ビジネスアイデア事業化プログラム(事業名:水素燃料ドローンと複数機同時運航管理システムによる圧倒的な航続範囲の実現)
・2024年度「Fukushima Tech Create」アクセラレーションプログラム(事業名:水素ステーションから様々な用途へ水素供給可能なユニットによる小さな水素社会の実現)
・2024年度、2025年度 福島県「地域復興実用化開発等促進事業費補助金」(事業計画名:「国産初の量産化小型水素セルスタック」と「小型水素燃料発電装置」の開発)
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