ABOUT当館について

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2011(平成23)年3月11日午後2時46分に発生した東日本大震災。
日本観測史上最大規模の最大震度7(福島県内は震度6強)を記録した東北地方太平洋沖地震(モーメントマグニチュード9.0)が東日本一帯を襲いました。
大津波が沿岸部に押し寄せ、広域にわたる甚大な被害が生じました。
東京電力福島第一原発事故に伴う原子力災害により、福島県では今も数万人が古里を離れての生活を余儀なくされ、風評被害への対応も終わりが見えません。
県内の犠牲者は4,000人を超え、このうち避難生活での体調変化や過労など間接的な原因で亡くなる「震災関連死」は2,000人以上に上り、福島、岩手、宮城の被災3県で突出して多い数となっています。
私たちが経験した複合災害がいかに過酷であり、そして今もその影響が続いていることを物語っています。東日本大震災・原子力災害伝承館は展示や語り部、研修、調査・研究を通じて、未曽有の複合災害について福島で何が起き、どう向き合ってきたかを伝え、防災・減災に向けた教訓を国内外や未来へつないでまいります。
【参考:福島県HP 東日本大震災・原子力災害 10年の記録(fukushima-10years-archives.jp)



伝承館の基本理念BASIC IDEA

世界初の甚大な複合災害の記録や教訓とそこから着実に復興する過程を収集・保存・研究し、風化させず後世に継承・発信し世界と共有することは、被災を経験した人々の共通の想いです。
「東日本大震災・原子力災害伝承館」では、特に福島だけが経験した原子力災害をしっかり伝えることとし、以下の3つの基本理念を掲げます。

01

原子力災害と復興の記録や教訓の
「未来への継承・世界との共有」

02

福島にしかない
原子力災害の経験や教訓を生かす
「防災・減災」

03

福島に心を寄せる人々や団体と連携し、
地域コミュニティや文化・伝統の再生、
復興を担う人材の育成等による
「復興の加速化への寄与」

館長ごあいさつMESSAGE

令和2年4月1日付で、東日本大震災・原子力災害伝承館の館長を拝命いたしました、長崎大学の高村昇です。

私は、2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故直後から福島県に入り、県民の皆様に放射線被ばくと健康影響について、科学的な見地から説明を行ってきました。またその後は事故によって避難し、その後いち早く帰還を開始した川内村や、隣接する富岡町の復興支援にも携わってきました。

2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故から、10年の月日が経過しました。この10年間、福島は地震、津波そして原子力災害からの復興、という極めて困難なミッションに向き合ってきました。

2020年9月に開館した伝承館は、福島が復興に向き合ってきた「証」を、アーカイブ(資料)として収集、保存、展示することを目的としています。さらに伝承館は、福島の過去から未来に亘って得られる様々な知見を、国内外の方々が学ぶことができる「知の交流拠点」としての役割を果たしていきたいと考えています。またこのような活動を通じて、伝承館は「福島イノベーション・コースト構想」の一翼を担っていきたいと思います。

スタッフ一同、伝承館で多くの方にお目にかかることを楽しみにしています。

東日本大震災・原子力災害伝承館 館長 高村 昇

組織およびアテンダントORGANIZATION & ATTENDANT

組織図

東日本大震災・原子力災害伝承館アテンダントスタッフ

展示エリアにはアテンダントスタッフが常駐しています。展示資料等についてご質問がありましたらお声がけください。

泉田 淳

出身地:双葉町


震災当時は、伝承館近くの双葉町両竹の自宅に住み、南相馬市の小学校に勤務しておりました。2020年3月に双葉町立双葉南小学校長を退職し、同年4月から東日本大震災・原子力災害伝承館に勤務しております。震災で亡くなられた方々の無念さや原子力事故による避難の辛さを多くの方に伝えていきたいと思います。

平本 謙一郎

出身地:神奈川県横浜市

※英語対応


2011年3月横浜で被災。その後インドから派遣された国際緊急援助隊の同行通訳として、宮城県女川町で行方不明者の捜索に従事。2019年4月東日本大震災津波伝承館解説員。2020年4月から東日本大震災・原子力災害伝承館スタッフとして勤務しております。現在は福島県浪江町に住んでおり、今後は東日本大震災の経験、津波災害および原子力災害の恐ろしさ、国内外からの支援について、来館者に伝えていきたいと思っています。

渡辺 昌子

出身地:浪江町


震災当時は、大熊町職員として町民とともに田村市へ避難し避難所対応に当たりました。その後、会津若松市にて役場業務再開となり、会津を拠点として、県内外へ避難された町民の現況確認及び避難先自治体との連絡調整等を行いました。2012年に大熊町役場を退職後、県外へ避難していましたが、大熊町に復興拠点ができたことから2020年3月に故郷に戻りました。帰還困難区域が残る現状、原子力災害は過去の出来事ではなく、現在進行形の出来事であることを、少しでも来館者の心に残る案内をしたいと考えております。

安達 和男

出身地:楢葉町


震災当時は、楢葉町の企業に勤務しており、いわき市の避難先より単身で九州に転勤しました。2015年に避難先へ戻り、業務厨房機器開発企業や福島イノベーション・コースト構想関連の医療機器開発企業の勤務を経てから双葉郡の産業復興に興味をいだき、2021年11月から伝承館のスタッフとして勤務しています。震災の経験や教訓を伝えながら地域産業復興の情報発信にも寄与していきたいと考えています。

草野 収

出身地:南相馬市


震災当日は、南相馬市立太田小学校に教頭として勤務しており、児童の校庭への避難や学校に迎えに来られた保護者への引き渡しを行いました。また、体育館が一時避難所となり、その対応なども行いました。2022年3月に南相馬市立鹿島小学校校長を退職し、同年4月よりアテンダントスタッフとして勤務しております。震災のことや原子力発電所事故のことに加え、現在も避難が続いていることや相双地域の震災後の歩みなどについても、来館された方々に伝えていきたいと思います。

施設概要OVERVIEW

設置者 福島県
管理運営 (公財)福島イノベーション・コースト構想推進機構が福島県から指定管理者として指定を受け、施設の管理運営を行っています。
施設概要 展示施設
施設の設置場所 双葉郡双葉町大字中野字高田39
延べ床面積 延床面積 5,256㎡(1F:約2,675㎡、2F:2,358㎡、3F:195㎡)
構造・規模 地上3階、鉄筋コンクリート構造(一部鉄骨造)
駐車場利用可能台数 大型バス:10台、普通車:111台
主な機能 プロローグシアター、展示エリア(常設・企画)、ワークショップスペース、研修室(90名収容可能)、資料閲覧室 等

施設沿革HISTORY

平成27年3月31日 国の「イノベーション・コースト構想個別検討会」の中間整理において、福島県でのアーカイブ拠点に関する研究会の立ち上げを指示
平成27年4月~8 福島県において「東日本大震災・原子力災害アーカイブ拠点施設有識者会議」を設置、当該会議を5回開催〔施設の必要性の有無を検討〕
平成27年9月 本有識者会議において報告書をまとめ、福島県知事へ提出
平成28年6月~12月 福島県において「拠点施設基本構想策定に係る検討会議(4回)」を実施〔施設の具体的な規模や機能、立地場所等を検討〕
平成29年3月27日 福島県の「新生ふくしま復興推進本部会議」において「拠点施設基本構想」を決定〔立地場所や基本理念、展示スト―リー等〕
平成30年4月25日 福島復興特措法に基づく「重点推進計画」に認定〔施設の管理運営は、指定管理者制度に基づく福島イノベ機構での運営を検討すると明記〕
令和2年9月20日 東日本大震災・原子力災害伝承館 開館

リーフレットLEAFLET

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