メモリアルイベント開幕しました

当館の2022メモリアルイベント「キオク ツナグ ミライ」が3月5日に始まりました。初日はトークセッションと、ふたば未来学園高校生による震災をテーマとした演劇が行われました。11、12日も開催し、風化が進み防災意識の薄れが懸念される中、震災の犠牲となった方々への追悼の想いを込め、震災の記憶や教訓、被災地の現状を国内外に発信します。

トークセッション第一部は「震災の経験を次世代へつなぐ」をテーマとしました。浪江町のNPO法人Jinの川村博さん、双葉町のまちづくり会社「ふたばプロジェクト」職員の山根光保子さん、会津学鳳高校2年の青田昂志郎さんが登壇し、ふくしまFMアナウンサーの三吉梨香さんが司会を務めました。

川村さんは震災と東京電力福島第一原発事故後、「自分がこのまちをなんとかしなければならない」と奮起し、全町民が避難していた浪江町に戻り花卉(かき)栽培を始めました。過酷な経験を前向きにとらえ、「たくましく生き、自立しよう」と心がけてきました。「地域をつくるということは、町民ができることをやっていくということ。一人一人の小さな行いがエネルギーとなり、まちをつくっていく。言葉だけでなく行動でも思いを伝えられる」と力強く語っていました。

今も全町避難の続く双葉町出身で、二児の母である山根さん。いずれは町に帰還するつもりで、町の現状や魅力を発信しています。伝承館の研修事業の「フィールドワーク」で児童生徒らに双葉町や浪江町の被災地を案内し、いかに未曽有の複合災害を「自分事としてとらえてもらうか」を念頭に活動しています。「震災の記憶や経験を伝える機会をもっと増やしていきたい。『被災地の双葉町』だけでなく、避難先で生活している人のたくましさや元々の地域の魅力を伝えていかなければならない」と決意していました。

青田さんは震災前、相馬市の沿岸部に自宅がありました。幼少期に被災し、現在は会津地方で生活しています。高校生語り部事業に参加して、浜通りの住民の被災経験を聞き、原発の廃炉の勉強に努めています。「会津の友人は3月11日に『大きな地震があった』ということしか知らないので、語り部事業で震災当時のことを教えてくれるのはありがたい」と意義を語ります。そのうえで「被災体験を聞くことで『災害はいつ起きるか分からず、自分の身は自分で守らなければならない』との意識が強くなった。私たち若い世代が、聴く側がもっと熱意を持たなければならない」と言葉に力を込めました。

 

トークセッション第二部は「福島と広島、長崎をつなぐ」をテーマに行いました。国立広島原爆死没者追悼平和祈念館の久保雅之館長、国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館の高比良則安館長と伝承館の高村昇館長が登壇し、伝承館の小林孝副館長が司会を務めました。両祈念館の課題や継承の取組を学び、福島での伝承につなげようと企画しました。

両県では被爆後77年が経過し、被爆者の平均年齢は約84歳と高齢化が進んでおり、「被爆者が語れなくなる時代」が確実に近づいているとの共通した課題があります。また、記憶の風化が進行し、関心の薄さも大きな課題とのことです。

両祈念館長は継承に向けた取組として①被爆体験記(証言映像)の収集・公開②被爆体験を語り継ぐ人の育成や研修、語り手の館外派遣③資料の多言語化、デジタル化の推進④AIの活用や遺構の整備━などを挙げました。

久保館長は「核兵器がいかに悲惨なものかを伝え続けていく。他の誰にも繰り返してほしくない。今後も記憶を集め、広めていく」と話しました。伝承館に向けて「まだ終わっていない災害を扱っている。どういう手法で、どういうメッセージを発信していくのか。息の長い取組が続くが、頑張ってほしい」とエールを送りました。

高比良館長は「長崎を最後の被爆地にする。世界中で核兵器が使われることのないように、集めた資料を次世代につなげていきたい」と語りました。伝承館については、長崎での伝承館特別展、伝承館での原爆展開催などの連携した取組を実施していることに言及し、「今後も協力していきたい」と期待を込めました。

高村館長は「一人一人の体験やボイスメッセージを根気強く集め残していくことは重要なミッションだと改めて認識した。新型コロナ収束後を見据え、多言語対応を推進するなどして伝承館をグローバルな情報発信の場としていきたい」と結びました。